十七条憲法 -25年前の祖父からの手紙-

 一に曰く和を以って貴しとし、忤(さか)ふこと無きを宗とせよ。人皆党(たむら)あり。また達(さと)れる者少なし。
 墨と硯(すずり)の匂いの書斎で、椅子を並べて共に声を出して読んだ遠い日の記憶が蘇った。学ぶことに何の助力も惜しまず、その楽しさを教えてくれた祖父からの、25年前の手紙である。

f0133814_051792.jpg 聖徳太子の十七条憲法。その全文(漢文)と書き下し文が11枚の便箋に、一糸乱れぬ力強い筆致で書かれている。
 小学生だった私を思ってであろう、所々、読み仮名が加えられている。封筒の消印を見ると、12歳の誕生日の10日前。ああ、そのために用意してくれたのだ。

 その日は、都内のピアノの先生宅から自宅へ、祖父と一緒に帰ることになっていた。電車で2時間、当時の我が家まで私は喋りっぱなしだったそうだ。何をかと言えば、社会の時間に習ったばかりの縄文、弥生文化、土器や埴輪、卑弥呼、稲作の始まり、高床式住宅、前方後円墳や法隆寺のこと、そして聖徳太子と十七条の憲法についてだ。とにかくその頃は初めて(系統的に)学ぶ日本の歴史に、子供なりに興奮していた。ボックス席に肩を並べ、田園風景を見ながら、一生懸命話したのだろう。
 聖徳太子の本を持っているから、十七条の憲法についてもっと教えてあげよう。そんな約束をしたような気がする。1ヵ月程経って、この手紙が届いたのだ。

f0133814_054390.jpg 夏休み、これを持って祖父母の元に遊びに行った。
 小学生には難解な内容だが、祖父はまず漢文の大まかな規則を説明してくれた。返り点や一、二の規則を知り、漢字を下から読むなんて!と驚きつつも、パズルのようで楽しかった。
 そして言葉の意味を一つ一つ、子供の目線になって一緒に考えてくれた。一文が理解できたら、声に出して唱和する。一に曰く(祖父)、いちにいわく(私)・・・という具合に。
 便箋の一枚目には勉強の跡が見られる。小学生の私の鉛筆書きだ。今より字がきれいだな。何て書いてあるのかと言うと・・・、

f0133814_07362.jpgf0133814_072437.jpg左:
レのしるしは、下から上へ読む。
一、二は一から二の方に読む。

右:
人皆有党 へんけんを持ったり、いじ悪をする人もある。
亦少達者 天才ばかりがいるとはかぎらない。
何事不成 何でも出来るはずだ。

f0133814_07578.jpg ずっと引き出しに大事に閉まっていたこの手紙を、前回日本から持ってきた。昨日、荷物の整理をしながら偶然見つけ、いろいろな想いが溢れ出てきた。
 小学3年の正月、祖父が詠み手となった孫7人の百人一首大会で、古い日本語の不思議な響きを知った。
  長からむ 心も知らず 黒髪の
    乱れて けさは 物をこそ 思へ
 意味は分からなくてもジェスチャーでこの歌を表現したり、きれいな姫札だけを集めて暗記して遊んだ。それがとても楽しかった。百人一首が気に入り、友人と六人一首なるものを作って担任の先生にプレゼントしたりした(困った顔をしていた)。正月恒例の書初めでは祖父の手ほどきを受けた。火鉢で焼いた羽子板羽根つき凧揚げ門松破魔矢など、日本の正月は祖父の元で学んだ。
 書斎にあったドイツ語の本のカメ文字が面白くてノートに書き写した時は、普通のアルファベットでいいんだぞ、と言いながらも書き終わるまで見ていてくれた。運動会があるから来てほしいと電話すると、祖母と始発電車に乗って私が登校するよりも早く駆けつけてくれた。両手には栗ご飯を携えて。学校裏の田んぼを案内した日は、竹薮に生える竹の子を手で抜こうとする祖父に、だめだめこうするの、と足でコンコンと蹴って見事に抜いて見せ、頭がぐしゃぐしゃになるほど褒められた。いつの間にか覚えた方言で喋ってみせると、腹を抱えて大喜びした。

 思い出すのはいつも何をしても褒められたことだ。ピアノのコンクールに落ちても、良く頑張った、一生懸命やることが大事だ、と褒めてくれた。西洋の褒めて伸ばす教育は日本にはないと思っていたが、こんな身近な、しかも頑固一徹の明治男からその教育を受けていたとは。
 ラグーザでそんな昔の出来事を思い出しながら、日本で培った自分の根っこのようなものを感じていた。

f0133814_6241760.jpg 子供の時の何気ない感動は大事なのかもしれない。その些細な驚きを引き伸ばし、難しいものも楽しく説明し、子供だからと手を抜かず、何でも本気で向き合ってくれたことに感謝した。
 祖父がいたらルカと何を話していただろう。パイプを勧め、政治か小説談義で盛り上がるだろうか。そこに私も加わり、杯を交わしながら、語り明かしたい。

 いや~Hyblaは良く喋るなぁ~。
 2時間の電車の後、祖母にそう言ったそうだ。今なら、良く飲むな~、と言うに違いない。嬉しそうな顔で。
 私の男勝りな面をいつも褒めてくれていたから。

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by hyblaheraia | 2007-12-05 03:41 | 生活


シチリアのラグーザ(ラグーサRagusa)より、時に音楽を交えて。ナポリ人の夫ルカと娘リディアも度々登場。リンクフリー。


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