難民とシチリア

 シチリアに暮らし始めてから、「難民」という言葉がいつも心のどこかに刺さっているような感覚がある。暖かくなると、難民を乗せた漁船の転覆事故が相次いで報道されるようになり、ちくりちくりとその感覚がぶり返してくる。

 今年の4月半ば、北アフリカのリビアからイタリアに向けて発った漁船事故で、700人以上の犠牲者が出たときは、あまりの数字に一瞬目を疑った。一説では900人とも言われており、そのうち女性は約200人、子供も40~50人いたという。世界中で(日本でも)報道されたほど衝撃的な難民船の事故だった。

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(写真:Repubblica電子版より)


 生きて到達できない可能性の方が高いこの決死の逃避へ、彼らを奮い立たせるものは何なのか。何から逃れるために、これほどの人が命を危険にさらすのか。子供や妊婦さえも海を越えようとする背景には何があるのか。難民船の報道を聞くたびに、なぜそこまで…と考えさせられていた。
 ネットや新聞で情報を求めれば、恐怖政治、内戦、迫害から逃れて…、という理由を知り得ることができたけれど、平和な生活を送っている身には、そこに記されている言葉以上の理解はできないままだった。

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『海にはワニがいる』ファビオ・ジェーダ著 飯田亮介翻訳

 けれどもこの本を通して、この問題に以前よりも少しは近づいたように感じている。
 これはタリバンによって父を殺されたアフガニスタンの10歳の少年が母によって隣国パキスタンへ連れ出され、そこから8年をかけてイラン、トルコ、ギリシアを経てイタリアに到達し、平和に暮らせるようになるまでを綴ったもの。
 この実録を通して、生き延びるために国から逃げざるを得ない(そうすることを余儀なくされる)人々がいるということ、そして過酷な労働と死と隣り合わせの幾つもの危険を経て、時折、どう考えても奇跡か幸運としか言いようのない偶然に助けられ、ようやく安全な地にたどり着くという、おそらく何万とも言える難民がそれぞれ体験してきたであろう、長く辛いオデュッセイアの内実を知った。

 さらに全編を通じて痛いほど感じたのは、少年の「学びたい」「学校へ行きたい」という純粋な、ぶれることのない意志。何の伝手もない外国に置き去りにされた少年が大人の言いつけを固く守り、人々の恩に感謝しつつ実に誠実に働き、どんな小さなチャンスをも逃さず、我々にとっては普通の生活を求め、ただひた走る姿が心に焼き付く。そして読み終えたときに、以前に広場で出会った、アフリカ出身のマリックという青年のことを思い出していた。
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 彼はアフリカ童話のイタリア語翻訳を数十冊片手に抱え、子連れ家族ににこやかに話しかけながら、絵本を売っていた。会話がウィットに富んで、とても流暢なイタリア語を話す青年だった。聞くと、パレルモ大学で政治学を専攻したとのこと。「皆がとても助けてくれた Mi hanno aiutato tanto」と何度も言っていたのを思い出す。彼もまた、エナヤット少年のように学びたいという強い意志を持っていて、その熱意に周囲の人々が動かされたのだろうと想像する。

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画像:wikipediaより

 北アフリカ(主にリビアとチュニジア)を発つ難民船は、ヨーロッパの入口であるシチリアを目指して漂流してくるが、途中の海峡で命を落とす人が後を絶たない。ラグーザに暮らすアフリカ難民の多くもここを経由してきたに違いないし、中東からの難民も、先のエナヤット少年のような過酷な体験を経てラグーザに辿り着いたのだろう。
 彼らの背景を慮り、ともにここシチリアで生きていく自分の人生に考え重ねていくにはどうすべきなのか。シチリアに暮らして11年、いまだに答えが出ないのだけれども、難民のニュースを聞き流さずに、知るということだけは続けていきたいと思う。将来のリディアの同級生を理解するためにも。



追記:先の本は世界28ヶ国語に翻訳され、イタリアではストレーガ賞(最高峰の文学賞)候補にも上がったそうです。内容の濃さだけでなく、翻訳が素晴らしかった!エナヤット少年のインタビュー動画もYoutubeに数々あり、彼の聡明さと誠実な人柄がにじみ出ていて、ああなるほど、と思いました。

ずっと書きたかった記事なのですが、なかなか冷静になれず、まとまりのないものに…。


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by hyblaheraia | 2015-06-10 01:59 | 政治・社会 | Comments(9)
Commented at 2015-06-12 21:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hyblaheraia at 2015-06-13 00:02
> 鍵コメさん
当ブログ始まって以来、初のコメントなし記事になるかと思っていました。発言しにくい内容にコメント下さりありがとうございます。ほっとしました(いろいろな意味で)。
カターニアには確かにここの数倍も外国人がいて、いろいろな事情の人々がいるように思います。ブルガリアもそうなのですね。ドイツ、フランスを目指す人々は結構多いようです。
書いて下さったこと、おっしゃる通り…。
ぜひ読んでみてください。ちなみに私はアマゾンの古本で80円くらいで買いました(新品同様)。送料の方が高かった!
Commented at 2015-06-13 17:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hyblaheraia at 2015-06-14 22:16
> 鍵コメさん
ああ、そういうことだったのですね!いただいたコメントは非公開になっていたのですが、やや発言しにくい内容で、敢えて鍵コメにしたのかと思っていました。私も事情が分かってすっきりしました!
本の感想など、また教えてください!
Commented by アイシェ at 2015-06-14 23:48 x
あー、勘違い!でした。
私はまた「鍵コメさん」という方がおられるんだとばかり。いやぁ、大ボケもいいところです。鍵コメントのことだったんですねぇ…。いやぁ、お恥ずかしいことで。自分でも笑っちゃいました。iPhoneで入力していると、画面が小さいのでついつい打ち間違いしたり、今回みたいに非公開ボタン押しちゃったりしてしまいます。
Commented by hyblaheraia at 2015-06-15 15:56
> アイシェさん
「鍵コメ」はブログ用語ですね。私も昔は他の方のブログを見ながら、なんのことかな?と思ったものです。やっぱりきちんと「非公開コメントさん」と書くべきですね。反省、反省。
iPhoneでこのブログが見えるんですか~?!いったいどんな風に?!?!画面が小さくなるのでしょうか。写真が見えにくということはありませんか?
我々夫婦はいまだにiPhoneを持っていないので、いったいどういうものなのか想像もつかないのです。今度、ブログ上で実験してみようかな…。ずっと気になっている写真サイズのこともあるし…。ふむふむ…。
Commented by アイシェ at 2015-06-15 19:53 x
いえいえ、こちらこそ自分もブログやってるくせに、そういうこと全く知らなくて失礼しました。
hyblaさんの写真iPhoneできれいに見れますよ。拡大もできますし。
Commented by hyblaheraia at 2015-06-17 14:53
> アイシェさん
表記の見直しのきっかけをいただいて良かったです!
iPhone、そうですか!こんど友達のiPhoneで拙ブログを見せてもらいますね。なんだかドキドキ~。
Commented by 飯田亮介 at 2018-04-20 04:44 x
海には、の訳者です。素敵なご紹介ありがとうございます。ラグーザ、素敵な町ですね。一度だけ、旅行ガイドの取材で行ったことがあります。音楽学者さんなんですね。僕はまだイタリアでこれ、という専門分野がなく、少し残念に思っています。敢えて言えば、マルケ・ウンブリアのシビッリーニ山地の登山くらいでしょうか。ご活躍をお祈りしております。
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