タグ:歴史・考古学 ( 22 ) タグの人気記事

夢の連鎖 Ponte dei cappuccini

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 Ponte dei cappuccini カップッチーニ会修道士の橋、と地元の人々に呼ばれる橋。深く切り込まれた谷の上を一直線に走る。

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 橋の下は足がすくむほど地面が遠い。水流の音も、遠い。
 この橋がなかった頃、修道士たちは粗末なサンダルで谷を降り、イルミニオ川を渡り、再び谷を登って移動していたという。暑さと、寒さと、悪天候の中、それはどんなに厳しかったことだろう。

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 (写真手前がカップッチーニ修道会の橋)
 橋の建設を発案したのは修道会の神父。修道院とその周辺に広がり始めた集落の人々の声を集め、谷に隔てられた二つの地域を結びつけた。工事着工は1837年、完成は1843年。歓声を上げてこの橋を渡る人々と馬車と家畜の様子を思い浮かべる。

 それからおよそ170年。現在、この橋には、
 
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 誰にも開けられない、若者の夢が連鎖している。

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 夢の行方は、彼らにも分からない。
 170年前の若者の夢は、見えない橋と錠で結ばれていたのではないかな。
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by hyblaheraia | 2010-09-15 01:40 | 歴史 | Comments(6)

ノート Noto のディティール

 ノート Noto に行ってカッテドラーレを見る。
 1996年の地震で一部が崩壊し、2007年に完全修復されたばかりのカッテドラーレを見なければ、ノートに行ったとは言えないと思っていた。
 けれど他にも見るべき大切なものがあることに気付かされた今回の旅。


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 ノートの中心広場に着くなり、あのマリアンニーナ・コッファ Mariannia Coffa の胸像が視界に飛び込み、近寄って確かめた瞬間、軽い一撃を受けたような気がした。
 そうだ、ノートは彼女が眠る場所だった。一時はあれだけ熱く彼女の人生を考えていたのに、ノート出身だったことさえ忘れてしまうとは。

(不運な生涯を送った詩人、マリアンニーナ・コッファの記事は こちら )

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 ああ、これがかのカッテドラーレ。なんという大きさ。黄色くまぶしい。空の青とのコントラストが痛い。運悪く、昼休みで閉まっていたので中は見られず。

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 でもそれで良かったような気がする。
 対面のパラッツォ・ドゥチェーツィオの窓に反射する、もう一つのカッテドラーレは安心して見上げていられるし、

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 あるパラッツォ最上階のバルコニーに透けて見える青空は、豊穣を象徴するようなフォルムと、その向こうの永遠なるものを感じさせてくれた。


 そしてシチリア南東部特有のバルコニー装飾。

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 どれもラグーザのそれとは全く趣が違う。

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 カッテドラーレには入れなかったけれど、マリアンニーナ・コッファのことを思い出し、ノートの街全体にちりばめられた美しく、心を開かせるディティールに満たされ、ノートらしさ、ラグーザらしさ、昔と現代のシチリアの違いを感覚的に理解した一日だった。

(感覚人間です・・・)
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by hyblaheraia | 2010-08-26 05:22 | シチリア他の町 | Comments(12)

ピアッツァ・アルメリーナのモザイク -その2-

 シチリアの中央部、ピアッツァ・アルメリーナにあるVilla romana del Casale カサーレの古代ローマ邸。そこを訪れる人が皆、楽しみにしているのが、

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 楽しそうな笑い声が聞こえてきそうなビキニ姿の女の子たちのモザイク。

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 下には別のモザイクがあったよう。

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 ビーチボール?で遊ぶ姿。日本の紙風船を思い出す色どり。


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 マラカスとシンバル?いやこの文脈から行くと鉄アレーと円盤投げ?つい慌ててしまって・・・。

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 風車?優勝者には冠とシュロの葉?解説書が手元にないので、想像ばかりが膨らんでしまう。

 
 さて、乙女の遊戯の次はがらりと変わって、こちらは戦いの場面。

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 牛車があったとは。

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 拮抗が敗れるのはもうすぐ。
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 戦いの場面は向こうのアーチ型の回廊にも続いている。


 モザイクはもっと色濃く、ギラギラしていると思っていたけれど、柔らかく自然な色遣いで、太陽が強く刺すほど白味が増して軽やかに見えるという不思議な雰囲気。そして臨場感のある線とうねり。小さな石でこんな壮大な世界を描くなんて!
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by hyblaheraia | 2010-08-19 07:07 | シチリア他の町 | Comments(8)

ピアッツァ・アルメリーナのモザイク -その1-

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 陶器の町、カルタジローネを出て、永遠の丘陵地帯を見降ろしながら、急カーブに揺られ~、
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 揺られ~・・・、・・・車酔いで無言・・・。カメラを構えるもピントがズレて、力なし。

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 道に迷いながらようやくVilla romana del Casale カサーレの古代ローマ邸に到着。建てられたのは3世紀後半~4世紀前半。
 真っ青な空とこの地域独特の黄色の土、木々の葉が風にこすれる軽やかな音は、1700年前から変わらないのかもしれない。

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 と思いを馳せていると、足元に既にこんな美しいモザイクが。保護板も何もなく、ここを歩かなければ中に入れない。本当に歩いていいの?踏み付けちゃっていいの?!

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 なんだかとても申し訳ないことをしている気持ちになり、隠れクリスチャンの踏み絵はこんな気持ちだったのかと考える。しゃがんでモザイクを触ってみると、さらさらして温かかった。

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 他のモザイクはガラスで保護されている。でもこの中の暑いこと、蒸すことといったら!

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 蛇の身体に女性の頭。メドゥーサと関係があるのかな。兵士が退治しようとしていて、
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 こちらは大男たちが矢に射られ呻いている。その周りに蛇。
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 豹の下方には3人のクピド?額に不思議なマークがあって、これは一体何のか我々の間で議論が白熱。
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 豹の上方には強そうな3人の女性(女神?)。ガイドブックがないと物語や表象が全く分からず、後で買って調べよう!ということに。

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 こちらは動物のモザイク。虎、豹、熊などいろいろ描かれている。
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 あら?ワンちゃん!さっきは遺跡の入り口まで案内してくれてありがとう!どこに行くの~~。
 動物たちに囲まれて居心地が良いのか、
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 動物の長い長い回廊をテクテク、テクテク。暑さに参っている観光客の心を和ましてくれて、皆でフフフ、ハハハ!ワンちゃんの毛の色といい、姿といい、モザイクに溶け込んでいるなぁ。

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 動物の回廊の反対側には、ずっと観てみたかったこれが。


 長くなるので、続きます・・・。
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by hyblaheraia | 2010-08-18 05:54 | シチリア他の町 | Comments(0)

Mariannina Coffa マリアンニーナ・コッファ 

 ラグーザ新市街、サン・ジョヴァンニ広場に面する一角にその碑板はある。

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Qui visse
Mariannina Coffa
1860-1876


マリアンニーナ・コッファ
ここに居住せり
1860-1876
 1841年シチリア南東部、ノートNoto生まれの女性詩人マリアンニーナ・コッファは、ラグーザ人と結婚後16年間この家に暮らしていた。

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 感性豊かで早熟な才能を見せたマリアンニーナは、イタリア統一運動で名を馳せた弁護士の父に連れられて、サロンやアカデミーで与えられたテーマに基づいて即興的に詩を詠じることのできる少女だった。

 シラクーザの寄宿学校で伝統的な詩作法とフランス語を学んだ後、地元の文学的権威であったコッラード・ズバーノ神父に師事して文学的素養を高め、1857年からノートやカターニアの文芸誌に作品が掲載され、賞賛を受ける。

f0133814_034416.jpg その芸術的才能を伸ばすべく、彼女が14歳の時、両親はピアノの家庭教師を招く。
 教師はナポリのサン・ピエトロ・マイエッラ音楽院出身のアシェンソ・マチェーリAscenso Maceri、25歳。年の差を超えて二人は恋に落ち、婚約するが、当初から反対した両親によって、ラグーザの裕福な男性ジョルジョ・モラーナとの結婚を余儀なくされてしまう。

f0133814_0272655.jpg 18歳で結婚し、ラグーザのサン・ジョヴァンニ広場のこの家に移ったマリアンニーナは、続けて4人の子供を出産し(二人は夭折)、文化的素養のない夫と古い価値観を持った厳格な舅に、詩を書くことばかりか、娘たちに読み書きを教えることさえも禁じられていた。

 生活は裕福であったものの、子育てと家事で半ば幽閉状態となり、心身ともに健康を害していく日々。
(第二次世界大戦後までシチリアでは女性が一人で町を歩くことができなかった)



f0133814_029378.jpg けれども夜中に蝋燭の明かりで密かに詩を書き、イタリア各地の雑誌に投稿し、友人との文通を通じて創作意欲を辛うじて繋ぎ止めていた。
 かつての恋人アシェンソに宛てた手紙には、生きている証を求めようとする魂から鮮血が吹き出るような悲痛さが滲み出ている。

 遂にマリアンニーナはラグーザの家を出る決心をする。友人を介して知った故郷ノートの医師の下で、悪化しつつあった子宮疾患の長期治療を受けるためでもあった。しかし彼女の両親は、非常識な行動を取った娘を拒み、家に入れなかった。
(イタリアでは1970年まで離婚は認められていなかった… [要確認です])
 友人や医師の好意で治療を受けたが、極貧のうちに37歳の若さで他界。地元ノートの葬儀には両親も、夫も、親戚も参列しなかったという。


f0133814_030198.jpg 女性は学問をしてはいけない、女性の読み書きは精神を堕落させる、裕福な家庭の女性ほど自由な恋愛はできない、女性は一人で町を歩けない、女性の不貞は罪になるが男性の不貞は問われない、生理中の女性は汚れているから銃や刃物を触ってはいけない…。

 サン・ジョヴァンニ広場の彼女の家を見る度に、そんな古い価値観と迷信に縛られていた時代に、詩を書き続けたマリアンニーナ・コッファを想う。外国人女性の私が一人で町を歩ける時代に感謝しつつ。けれども、当然の権利が脅かされている世界中の女性たちを気にかけながら。

(肖像写真はwikiおよびOFFICINA DEGLI ANTICHI ARCHIVIより転載)
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by hyblaheraia | 2009-12-05 08:30 | 歴史 | Comments(10)

100年前の箱

 100年前、言いかえれば1世紀前。どちらも遠い時間を感じさせる。現代生活から見れば、その頃のラグーザは生活様式も、価値観も、想像できないほど違っただろう。

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 けれどこの写真には、親しみ慣れた私の良く知るものがある。場所はエッチェ・オーモ通り、1900年初期の撮影。
 急な坂、今は廃墟となった劇場、突き当りに聳えるエッチェ・オーモ教会、そして建物に挟まれた遠近法の空を埋める雲。

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 さらに町並みも、道幅も、歩道の石も全く当時のままである。
 ただ、通りを悠然と歩く人々の姿は、駐車の列に代わり、美しく維持されていた劇場には、雑草が自由奔放に伸びてしまった。
 箱は変わらず、中身は変わる、のだろう。古い町並みは残されていても、新しい価値観が渦巻くから。

 バロック時代(1700年代)の美しい箱を損ねず、常に共鳴し合う価値観が生まれて欲しいものだ。100年前の箱は、良い響きを保っていたように見える。
 ラグーザ市政にいろいろ物申したい。

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by hyblaheraia | 2009-09-30 00:32 | 歴史 | Comments(18)

廃墟の劇場に思う Teatro stabile di Ragusa

 古い建物がもつ優美な雰囲気というのは、どんなに荒れ果てても消えることはない。エッチェ・オーモ通りにあるこの建物からもそれを感じていた。

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 かつての劇場、Teatro stabile di Ragusaの跡。ひと昔前は、毎週末に近所の人々が集い、楽しい一夜を過ごしていたそう。
 長い閉鎖により損傷が激しくなり、数年前にラグーザ市が買い取ったはいいが、再開の話は一切出ていない。

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 こんなに美しい建物を放置し続けるのは忍びない。この三人をハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンと名付けたくなる。


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 胸像の左右にはプットのレリーフが埋め込まれている。左はプットが踊り、右は楽器を奏でている。

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 憩いの場所を知っているのは、鳩だけのよう。

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 こうして手の込んだ装飾を見上げながら、普段の買い物に行く度に思う。ラグーザには文化は根付かないのだろうか。
 市内の劇場は仮設のテントのTeatro tendaがあるのみ(演奏中に電気が落ちるほどお粗末)。まともなコンサートホールもなければ、オーケストラが来たこともない。映画館は5人集まらなければ上映されない。公的図書館はほとんど機能していない。
 文化政策に無頓着で、開発(原子力発電所設置はその最たる例)に走る市政には失望するばかりだ。


 ああ、でもこれがシチリアなのだ。隣のカルタニセッタ県の、大規模な石油精製場で有名なジェーラGela市では、去年初めて本屋ができたと国営放送地方ニュースで報じられた。人口8万人ほどの町に、21世紀の今まで本屋が一軒もなかったとは信じ難く、ジェーラ出身の学生に真相のほどを聞いてみたが、ええ、そうです、という涼しい答えに一層驚かされた。
 大都市パレルモとカターニアには歴史あるオペラ劇場があり、コンサートもバレエも演劇も頻繁に行われている。他にも多数のイヴェントが開かれ、市民の文化意識も高い。我々から見れば、文化の香り高い都会の洗練がそこかしこにある。その香りの少しでも、他の町に運ぶことはできないものだろうか。

 市民生活がどんなに近代化しても、人の心の糧となる文化を失ってはならない。日常の連続からは感じ得ない、精神の高揚と浄化が芸術にはあり、想像と思考と感覚の研磨によって心を縦にも横にも開く作用がそこにはある。それが考え・感じる力を人に与え、ひいては価値判断を養うことになるのではないか。

 芸術文化はなくても人は生きていかれる、という意見があれば、それは戦時下のものだっただろう。文学と音楽の探究を人生としたい我々の心は、エッチェ・オーモ通りの劇場と同じように乾いている。
 
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by hyblaheraia | 2009-07-07 16:53 | 歴史 | Comments(10)

神殿の谷が民営化?!

 アグリジェントのなだらかな海岸線を一望する丘に「神殿の谷Valle dei templi」がある。
 「人間が作った都市で最も美しい」とピンダロスが讃えたその場所には、コンコルディア神殿(写真上)、ヘラ神殿、ヘラクレス神殿(写真下)などが四季折々の風景に溶け込み、雄大な歴史の息吹を背負って聳えている。

f0133814_61165.jpg 訪れる観光客は年間70万人以上、世界遺産にも登録されたシチリアを代表する文化遺産である。
 その神殿の谷を震撼させるニュースがイタリア全国に走った。
 神殿の谷を民営化する、というものである。

 シチリアでの観光収入を増大させるために、「観光地を完全パック化pacchetto completoにし、信頼できる民間企業に30年間リース・経営させる。
 シチリアの文化財経営を担当するアンティノーロ州議会議員の発案に、各界で異論が飛び交っている。

 現在のところ、神殿の谷と、シラクーザのギリシア古代劇場が検討されているが、タオルミーナの古代劇場、セリヌンテの神殿、パラティーナ聖堂も民営化リストに挙げられている。

 まったく信じられない。これらの世界遺産をシチリア州が放棄するとは。日本で東大寺と金閣寺が民間企業にリースされるような話だ。あまりに拙い発想に情けなくなる。そもそも世界遺産に管理基準は存在しないのだろうか。

 驚きの発言はさらに続く。世界遺産を経営するに当たり、民間企業は
 「道路や宿泊施設の整備など(を行うと良い)。神の谷の場合はパレルモ~アグリジェント間の国道整備や、ヘリポートの設置を民間企業に依頼しても良いだろう」、と。

 日々の鉄道も水道網もなく、病院施設の閉鎖を余儀なくされているシチリアにヘリポートなど何の必要があるのか。
 結局、公共事業の発注と、政治資金の確保が政治の最大の関心事なのだ。今回はそれに世界遺産さえも利用しようとしている。

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 「恐ろしいことだ」
 シチリアの民主党Pd議員たちがそう声を上げているのはせめてもの救いだった。

 古代から「地中海の宝石」と謳われたシチリア。
 その輝きを未来に伝えるためには、一人一人の意識が問われている。


ああ、なんでこうなんだろう、シチリアって・・・。
 


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by hyblaheraia | 2008-07-05 09:48 | 政治・社会 | Comments(17)

ドンナフガータ城

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 ラグーザ郊外の広大な農地を抜け、木陰で休む牛や羊に出会い、ムーロ・ア・セッコ(石積みの壁)が続く道を走り抜けると、

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 カッルーボ(イナゴマメ)の木々が自生する、丘とも谷とも言い難いラグーザの原風景に出会う。
 ゆったりと構え、終わりのないカッルーボの木々と空を眺めながら、さらに走ること15分。


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 ドンナフガータ城 Castello di Donnafugataに到着。
 ああ、今日も変わらないこの青い空と目の奥を刺す強烈な日差し。生ぬるい牛糞の匂いを、乾いた風が運ぶ。
 奥は貴族の邸宅。手前両脇の長屋は、納屋や馬小屋、使用人の住居として使われた。

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 いつもこの松ぼっくり門に魅かれる。使用人頭の家だったのだろうか。

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 長屋の他の部分はこんなにシンプル。
 扉両端の出っ張りの穴が気になり、覘いてみたくなった。透かして見ると、こんなにも愛らしいカステッロが見えていた。手の平に乗りそうな小ささだ。

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 乳白色の石に反射する日差し、そして異国情緒溢れる城の顔。ヴェネツィア・ゴシック様式と言われるそうだ。
 ラグーザにいることを一瞬忘れてしまいそうな光景。

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 シチリアがアラブの支配下にあった頃(848~1060年)、この一帯には新鮮な水が湧き、アラブ人が暮らしていた。その水は、「Ayn As Jaft 健康の水(fonte della salute)」と呼ばれ、それがラグーザ方言でRonnafuataとなり、現在のDonnafugataへと変わっていったそうだ。
 そのまま訳せば「逃げた女」。想像をかき立てる名前だ。

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 ランペドゥーサGiuseppe Tommasi di Lampedusa(1896-1957)の長編小説、『山猫Il gattopardoはまさにこの城からインスピレーションを受けたのだろう。
 ヴィスコンティの映画『山猫』は、ここでは撮影されていないけれど、数年前、イタリア語完全復活版を家族で観に行った時、シチリアの乾いた土地と荒涼たる風景にラグーザを恋しく想った。
 望郷の思いに浸る私の隣で、母が「ラグーザそっくりね!ほら、これ!」、父も「これラグーザだろ?だろ?」と体を乗り出す。
 我が家のファミリー映画鑑賞はレンタルDVDでないとダメですな。

 
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 両親はこのカステッロを見てとても喜んでいた。今日はナポリのお義母さんと義理姉も喜んでいる。
 「親孝行の泉」、と名付けようか。
 
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 カステッロ内部は撮影禁止なので、窓からみた庭園を一枚。
 さて、これから外を散歩。


 
 女はどっちに逃げた?!どっちも追ってみましょう・・・!
  
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by hyblaheraia | 2008-06-13 10:02 | 歴史 | Comments(10)

古代エジプトの生活道具

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 時間に追われて急ぎ足で展示品を見ていたとき、意識の中にすっと入ってきた絵。
 黒いパレオを腰に巻いたセミヌードの踊り子が、体をしなやかに反らしている。豊かな黒髪は地面に垂れ、耳には大きな金のイヤリングが光る。じっと見ていると笛の音と太鼓のリズムが聴こえてきそうな臨場感に満ちた瞬間。妖艶な踊りは何に捧げられたのだろう。

f0133814_21115334.jpgf0133814_21121465.jpg 当時はパピルスが高価だったため、陶器や石灰石の破片で代用し、契約書、領収書、手紙、物語、絵などを書いたのだそうだ。
 それらはostrakaと呼ばれ、例えばこれは書類。
左:牛の売買証明書 「牧夫TjaoはAmenemipetからベッド1、上質のショール1、シーツ1、チュニック1の45デーベン相当を牛との交換で買った」(紀元前1186-1070)
右:4つの断片から成る手紙 宛先人は「神の父」で「儀式官」であるAmenhotepと書かれているらしい。(紀元前1183-1152年頃)

 やはり文字を書くということは、何かを伝え、記録を残すために行われるのだ。それを読み解きながら、新たな考察と発見に身を置くのは考古学も音楽学も同じだなと、ぼんやり考えていた。
 もしこの欠片に文字がなかったら・・・。17世紀の五線譜があってもそこに音符が記されていなかったら・・・。何らかのメッセージが刻まれているからこそ、それは、その時代を生きた一人の人間の証としての深い意味を持つわけで・・・。
 書く、記す、という行為はなんと尊いのだろう。

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 古代エジプト人の筆記具はこういうものだった。まるで硯と墨、毛筆のような雰囲気。石を刻むより、顔料を溶かして筆記する方がはるかに簡単だっただろう。作業が容易になれば、書く意欲も機会も増し、それに伴い文字も発達するのではないだろうか。ほんの少しの発案で、果てしない世界が広がるのだな、きっと。

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 こちらは彫刻刀。陶器に模様を刻むのに使ったのだろう。表面に書かれた文字は、切れすぎるから要注意!だったりして。
 小学時代に使った「ロダン彫刻刀」というのを思い出して懐かしくなった(指を切った思い出も)。

f0133814_2123836.jpg うわ!見た瞬間ちょっと鳥肌が。
 この鬘は本物の髪で作られていて、冒頭のダンサーと同じ髪型。近付いてみると、太くて硬質の、波打つ毛で、生命力の強さをひしひしと感じた。

 その横には埋葬品のトイレ用衛生用品。小瓶には塗り薬が入れられている。当時、薬は大変貴重だったので、直射日光やハエから守るためにアラバスターや陶器に入れたのだそう。化粧箱に見えたけれど、意外なものでびっくり!

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 そしてやっと出会えた楽器!に穴を開けた笛で、太さも長さも多種ある。吹口は上部なので縦笛だろう。どんな音がするのか、特に箸ほどの細さの笛が気になる。展示品の多さの割には楽器がこれだけというのが残念だったけれど。

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 そしてなんと、古代エジプト時代のパン!虫食いの穴が無数にあるが、3500年以上前のパンがカビずに残っているとは信じ難い。まさにパンのミイラ
 左下はパンかご。今でも使えそうなほどきれい。右下は当時の穀類、他にニンニクもあった。お墓は臭くなかったのかな(ニンニクちょっと苦手・・・)。

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 さらに靴まで。アンクル・ブーツのようなものはとても小さく、皮で模様が施され、つま先が上向きになっていた。女性用だろうか。野菜の繊維で美しく編まれたサンダルは女の子の墓から出土したそう。夭折した子供への想いは、時を越えて我々にも伝わってくるよう。

 こうして2時間、膨大な展示品を見て、感じたことはまだ整理できていないけれど、いろいろなものが心に残り、新たな風を受けてきた。知らない世界を知るのって素敵だな。

 トリーノ・レポートはこれで終わり。さて、次に向かったのは・・・。

パンのミイラ・・・!。
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by hyblaheraia | 2008-03-21 02:14 | イタリア他の町 | Comments(8)


シチリアのラグーザ(ラグーサRagusa)より、時に音楽を交えて。ナポリ人の夫ルカと娘リディアも度々登場。リンクフリー。


by hyblaheraia

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