<   2007年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧

パスタ・アッラ・ノルマ -ラグーザ風-

f0133814_17592469.jpg シチリアでナスは一年中手に入る。春は薄紫色の丸いヴィオレッタ、夏はカボチャのような形をした巨大ナス、秋から冬にかけてはよく太った楕円形ナス、と季節によって種類も豊富。
 最近ナスを買うとこの通り、手の平からはみ出るほど大きい。そして黒光りしている。でも皮は薄くて柔らかく、果肉も甘い。

 こんなナスを見たら食べたくなるのが、やはりパスタ・アッラ・ノルマPasta alla Norma、つまりノルマ風パスタだろう。f0133814_2048846.jpgシチリアでは一般的な、ナスを使ったトマトソースのパスタで、その名はカターニア出身の作曲家、ベッリーニVincenzo Bellini(1801-35)のオペラ、《ノルマNorma》から来ている。
 使われるパスタのタイプは地方によって様々で、ノルマのピッツァ版(ピッツァ・アッラ・ノルマ)もある。もはや一般的なイタリア料理にさえなっているこの料理、「~~アッラ・ノルマ」といえば、ナスとトマト・ソース、そして表面にリコッタ・サラータ(塩味リコッタ)がトッピングされているもの、と思えば良い。

f0133814_18533216.jpg ラグーザではこのカヴァテッリcavatelli(ラグーザ弁ではカヴァティッドゥcavatiddu)がよく使われる。近所のラヴィオリ屋さんの自家製カヴァテッリは、買いたてはまだフレッシュで柔らかく、むっちりとした食感が病みつきになる。ちなみにこれは300g。ルカと二人でこの量は食べすぎか・・・。

 このノルマ風パスタは下準備のナスの素揚げが命。ナスを一口大に切り、サラダ油のような軽い油でさっと揚げる。オリーヴ・オイルを使うとカリッと揚がらず、胃にもたれるので要注意。
 次はトマト・ソースに取り掛かる。フライパンに今度はオリーヴ・オイルをたっぷりと敷き、弱火にかけ、にんにく一片とペペロンチーノ(唐辛子)を入れ、香りを出させる。この時、にんにくは決して刻まずに!そして香りが出たら取り出して捨てるべし。味に深みを持たせるためのものだから、臭いと料理の品が無くなるというものだ。
 続いてこのフライパンにトマト・ソースを入れ、しばらく中火で火を通す。グツグツしてきたら弱火にし、焦げ付かないようにヘラで何度も返すのがコツ。「よく調理されたソース(salsa ben cottaサルサ・ベン・コッタ)」という言い方があるように、トマト・ソースは煮るのではなく、炒めるというのが我が家の信条。入念に炒めつつ、シチリアの赤ワインネーロ・ダーヴォラを少々入れる。量はお好みで。さらにバジリコの葉を5~6枚、半分にちぎってソースに入れる。このフレッシュさも不可欠。

f0133814_1982180.jpgf0133814_20131024.jpg
 トマト・ソースに濃さが出てきたらパスタを茹で始めよう。その間、ソースは弱火で炒め続けるが、水分が飛ぶので、パスタを茹でる鍋からをスプーンですくってソースに入れる。ヘラでソースを返しながら何度も泡を足していくうちに、小麦粉のグルテンが混ざり、ソースにとろみが出るのである。さらにパスタとの絡まりも抜群になる。
 トマト・ソースが十分炒まったら、素揚げしたナスを加えて絡める。ソースは常に弱火のままで、リコッタ・サラータを削ろう。


f0133814_2016236.jpgf0133814_20174636.jpg
 リコッタ・サラータには山羊の乳による3種類がある。保存食用に塩を混ぜて乾燥させたもので、口当たりはさらっとしていて、ふんわりとしたミルクの味に、後から塩気がすーっと滲み出てくる。この塩気がワインのつまみやサラダ、ズッキーニの炒め物、ポルペッタ(肉団子)などに良く合う。いろいろな使い方があるが、王道はやはりノルマだろう。ナスとトマト・ソースのパスタにこれがなければ、ノルマとは言えない
 今回使ったのは牛のリコッタ・サラータ。550グラムでわずか1.7ユーロ。塩気が強いものは細かく、薄いものはスライス、とリコッタの塩加減に合わせて削り分ける。


f0133814_20313959.jpg 茹で上がったパスタをソースに絡め、皿に盛り付けてからリコッタ・サラータをたっぷりかけて出来上がり。
 ネーロ・ダーヴォラとともに夢中で食べるひととき。ああ、ラグーザに住む幸せがまたここに。

人気blogランキングに参加中 ノルマを残さず食べるノルマあり・・・。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-29 20:33 | 料理 | Comments(8)

いとあはれ、いとをかし

 夏の夜は まだ宵ながら 開けぬるを 雲の いづこに 月 宿るらむ
f0133814_7423027.jpg 夏の夜は短く、まだ宵のうちかと思っていると夜が明けて、月が沈む時間もない。いったいどの辺りの雲に月は宿るのだろうか。清少納言の曽祖父、清原深養父(きよはらのふかやぶ)はそう歌っている。(百人一首第36歌、出典:『古今和歌集』第3巻166)。
 確かにそうだ。星が見えるほど暗くなってから、夜が白むまでの時間は冬に比べればずっと短い。月を愛でつつ、穏やかな時間の中に暮らす宮中人の感性からは、夏の優雅な時間は一層短く感じられたことだろう。
 そんな悠久の昔の生活に思いを馳せながら、月をのんびりと見つめていると、一匹の赤い虫が月面に張り付いていた!
 ・・・ように見えたのは、実は、我が家のランプシェード。夏の夜には儚い月に恋焦がれてか、多くの虫たちがこの光に吸い寄せられて来る。小さな羽虫から、巨大な蛾も来たが、赤くて足の長いこの風流な虫は初めてだ。名前は何と言うのだろう。柔らかな光に硬質な赤い足がしっかりと張り付き、まるで恋しい月を抱きかかえるかのようでけな気だ。2枚の羽は光を軽やかに透かし、かすかに揺れる長い触角はススキを思い起こさせる。ああ、いとあはれ

f0133814_8182819.jpg 数日後、浴槽にはこんな虫もいた。ダースベーダーのマスクを付けたような、どこか突拍子も無い顔をして、見る度に笑いがこぼれてしまう。
 けれどオレンジと黒の鮮やかなコントラストは、わずか1.5センチほどの小さな体を感じさせない。広い浴槽の中で存在感を主張している。テントウムシの種類だろうか。そうも見えないが。背中には南米の織物のような幾何学的な模様が施されている。顔はオカシイけれど、ああ、いとをかし
 夏の間、他にどんな虫に出会えるだろうか。

人気blogランキングに参加中 夏の虫はいとあはれか、いとをかしか。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-27 08:41 | 野鳥・昆虫・動物 | Comments(4)

人工衛星の輝き

 夜空を見上げていると小さな点のような光がゆっくりと天を横切っていくのが見える。
 飛行機ならライトが数個点滅するし、流れ星なら尾を引きながら消えていく。だがこれは明らかに違う。5等星ほどの白い粒が数十秒の間、点滅もせず、夜空をのんびりと泳ぐように横断して行くのだ。出現の方角や飛行方向、さらに高度も様々。初めはUFOではないかと思ったが、ネットで調べるとそれが人工衛星であることが分かった。
 人工衛星が肉眼で見える。そんな話、東京では聞いたこともなかった。

f0133814_22101273.jpg 昨夜は室内が33度と暑かったこともあり、食後にテラスの長椅子で涼みつつ、人工衛星の通過をしばし待つこととした。
 いつも思うのだが、動いていく小さな点を相手に教えるのは難しい。そこで互いの指標を定めるため、星座早見版で最近覚えたヴェガ(琴座)-デネヴ(白鳥座)-アルタイル(鷲座)夏の大三角形をルカに教える。その中で最も際立つヴェガ(0等星)を目印に、人工衛星の発見位置を即座に正しく伝える練習をした。
 ヴェガの6時!、はいそれはデネヴ!、ヴェガの3時!、はいアルタイル!光を放って飛んでいく蛾を見つけては、ヴェガの7時!、蛾ですガ!などと盛り上がりながら、頭上を飛び交う蛾やコウモリも観察した。
 この練習が功を奏して、9時から10時の間にあれよあれよと6つも人工衛星を確認。そして10時半、それは始めやや弱い光で現れた。

 あっデネヴの7時!発見位置を伝えるのがやっとだった。光はみるみるうちに強さと大きさを増し、0等星のヴェガよりも眩しい黄色の輝きを放った。ルカも私も目を見張った。感嘆の声しか出ない数秒間。そして再び光を弱めて見えなくなってしまった。
 イリディウム・フレアーIridium Flaresだよ!ルカが嬉しそうに叫ぶ。人工衛星について密かに勉強していたルカは、そんな名前と現象まで知っていた。
 それは携帯電話通信のシステムを担うイリディウム衛星が放つ光。開発当時は77の衛星があったことから(現在は66機)、元素記号77にちなんでイリディウムと名付けられた。イリディウム衛星は普段は6等星ほどの僅かな光しかないが、機体に付いた3枚の鏡のような金属版が太陽光を反射すると、マイナス数等級という金星よりも強い閃光(フレア)を放つ。
 闇夜に突如現れるこの鋭い光は、限られた範囲でしか見られないそうだ。そんな貴重なものをレモンムースを食べながら、シチリアの山奥で偶然見てしまった。

f0133814_10567.jpg 人間の発明がもはや宇宙の輝きの一つになっているとは感慨深い。ここには日本の人工衛星あじさいも通り、イリディウム衛星は私の声を地球の裏側に住む日本の家族に届けてくれている。科学技術と自然が宇宙規模で共存するダイナミックな夜空が広がっているのだ。
 ただ、用済みになった機体や破片の数々が宇宙のゴミとなり、軍事用衛星が新たな戦争を生み出すという現状も忘れてはならない。そして今日も空のどこかで宇宙ステーション建設が進んでいる。100年後の人類の生活は一体どうなっているのだろうか。

 この山奥で暮らしていると今あるものだけで十分だと、否、今のまま何も変わって欲しくないと思うようになる。老後もずっとこうして、満開のジャスミンの香るテラスでジェラートを食べながらのんびりと夜空を眺めていたいものだ。


P.S. 最近では便利なサイトがあり、様々な人工衛星の通過時間を予め知ることができる。ちなみに我々が見たのは人工衛星IRIDIUM 81のイリディウム・フレアーだった。その動きは人工衛星観測ナビゲーターで見られる。

人気blogランキングに参加中 人工衛星を見てみよう!
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-23 01:08 | 生活 | Comments(8)

行商の叫び声

 ウ・ポモローリ、チプッドゥ、ピーラ、プーマ~~!ア・メランツァーナ、イククッツィ、ピエルスィキ~~~~!!(U pomorori, cipuddu, pira, puma! A melanzana, icucuzzi, piersichi!)
f0133814_6284299.jpg ラグーザ弁でトマト、玉葱、洋梨、りんご!ナス、ズッキーニ、桃!と叫んでいるのは、私の贔屓(ひいき)にする行商の八百屋、ラッファエーレ(Sig. Raffaele Mezzasalma)だ。
 3大テノール顔負けのリリコ・スピントで、今日仕入れた旬の野菜と果物を叫び歌いながら、毎週火、木、金、土の朝11時半頃に我が家の近くを軽トラックで移動する。
 愛車は緑色の幌のついた軽トラック。そこに人参、ズッキーニ、ナス、ピーマン、玉葱、インゲン、赤インゲン(ボルロッティ)、地元の長ズッキーニ、ソース用トマト(丸形)、サラダ用トマト(細長)、りんご、桃、ネクタリン、すもも、白ぶどう、レモン、バナナ、塩、にんにく、上段にはイタリアンパセリ、テネルーム(地元の長ズッキーニの蔓)、サラダ菜、ロメイン・レタスなどが所狭しと積まれている。

f0133814_6412452.jpgf0133814_6414555.jpgf0133814_6443981.jpg

f0133814_645068.jpgf0133814_6452488.jpgf0133814_6454492.jpg

f0133814_6464215.jpgf0133814_6471592.jpgf0133814_6475043.jpg

f0133814_6483716.jpgf0133814_6502159.jpgf0133814_6522963.jpg

 レタスやパセリ、バナナなどは1個単位で売られるが、その他は計りに乗せ、分銅を使ってキロ単位で売る。値段はいたって良心的。そして新鮮さが売りだ。特別な買い物をしない限り、大抵は2~3ユーロほどで済む。欲しい野菜はあらかじめ予約もできるので、私は6月にシチリアの野生オレガノoriganoを予約し、自宅で乾燥させ、手もみする。今年はまだ干したままだが、そろそろ始めよう。

 ラッファエーレの行商の叫び声は旋律的である。音楽学的に解釈するならば、モルデント(装飾音型)で始まり、2度音程を重ねながら5度上昇し最後に1オクターヴ一気に下降するというもの(ラ♯シドーシ、レ♭ード、ミ♭ーレ、ミ~ミ!)。2回目のフレーズは少々レチタティーヴォ的になり、最後に彼の声量が爆発する(ドドレ♭ード、レレミ♭ーレ、ミ~ミー!)。
 お祖父さんの代から3代に渡ってメッツァサルマ家はこの歌い方を守ってきた。一家のブランドとも言えるこのメロディーが聴こえると、どこからともなくシニョーラたちが財布を手に現れる。ラグーザ弁で和気藹々と買い物をしていると、時に「ラッフィエーッ!(南の訛り)人参とレタスをちょうだい~!」と叫ぶ声が降ってくる。見上げると、足の悪い老女がバルコニーから身を乗り出し注文している。「はい、ただ今!・・・・・・シニョーラ・トゥンミノ、2.5ユーロです!」と彼が言うなり、その金額の入った編み籠が紐でするすると下ろされ、そこに注文の野菜が入れられる。重い時は持ち上げられないので、ラッファエーレが玄関先に置いておくこともある。こういう買い物の仕方は、イタリアでももはや田舎でしか見られないそうだ。

f0133814_8181287.jpg 彼の心の行き届いた商売振りは見ていて本当に気持ちがいい。老人の買い物には必ず手を引いて玄関先まで送り届け、車椅子の老女が住む2階の家には、階段を上がって御用聞きをする。もちろん頼まれた品物を、再び2階まできちんと届ける。
 地元の老人たちは一代目の時からこの八百屋を贔屓にし、ラッファエーレを子供の時から知っている。だから一人暮らしでも安心して御用聞きを頼めるのである。こうした商人と客との家族のような付き合いは、行商文化ならではだろう。
(写真:野菜を家まで届けるラッファエーレ。当のお婆さん[右]はまだおしゃべりをしている。)

 シチリアでは行商をヴァンニャトゥーリvanniaturiと呼ぶ。八百屋ばかりでなく魚屋包丁研ぎ屋葬式の告知屋などもいたそうだ。この辺ではパン屋玉葱売り(春のみ)、ジャガイモとソラマメ売り(春のみ)、ホウキ売り絨毯売り洗剤売りなども通る。毎朝10時半に来るパン屋のおじさんは、もはや声が出ないのか、2度のクラクションで合図をするので少々残念でもある。
 行商人の間では、通り道と時間帯に関して商売のテリトリーが厳格に定められている。同業者がばったり出くわすことは絶対になく、突然、売る場所が変わるということもない。客の方は彼らの通る時間とルートを熟知しているので、それに合わせて午前中を過ごす。パン屋が来る時間には、玄関前で待つ老人もいる。こういう風景を見ていると、ラグーザの穏やかな生活には常に変わらぬ行商が不可欠だということを実感する。

 しかし最近は行商に陰りがさしかかり始めている。ラグーザ郊外に巨大なショッピング・モールが相次いで立てられ、今も建設ラッシュは止まらない。こうした大店舗の出現で、昔ながらの個人商店が打撃を受けるのは当然だが、それ以上に店を持たない行商人たちは次第に居場所を失っていくことになる。
 ラッファエーレの声が今日も石畳の静かな町並みに響いている。今は廃れ行くシチリア行商文化の最後の灯火にならないことを、心から願うばかりだ。
ラッファエーレの歌を聴いてみる♪(2007年春録音分)

人気blogランキングに参加中 ウ・ポモローリ、ピーラ、プーマ~!。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-19 09:13 | 伝統・技術 | Comments(6)

新オーナーは葬儀屋社長

 1949年以来の伝統を誇るラグーザのサッカーチーム、U.S.Ragusa(Unione Sportiva Ragusa、ラグーザ・スポーツ同盟)が存続の危機に陥った。

f0133814_18503166.jpg 7月12日正午、来年のセリエD参戦のための必要書類一式と登録料がローマのサッカー協会本部に届いていないことが判明。チームは事実上解散と見なされた。
 発足以来58年間、プロのCリーグで一度の中断もなく参戦してきたクラブ。その歴史に穴を開ける不名誉な事態を国営放送が報じた。地元の老齢ファンも動揺が隠せない様子だ。
(写真:7月13日、国営放送シチリア地方ニュースより)
  
 事実関係を調べると、クラブには70万ユーロ(1億1,200万円)に上る長年の借金があり、セリエD(2007年秋より降格)への登録に必要な経費が捻出できなかったという。イタリア・リーグに正式登録されなければ、クラブは存在していないも同然、もしくはアマチュア・チームでしかなくなる。ラグーザ県知事にも応援要請があったが、この財政状態ではもはや打つ手も無く、クラブを手放すことを承認した。

 ところが、この憂える事態を救ったのがラグーザの葬儀社ラ・プレーチェ社長、ジュゼッペ・リンマウド氏であった。7月13日正午過ぎ、同氏はラグーザ市長を迎えての記者会見で、クラブの膨大な借金を肩代わりし、新オーナーとなることを表明した。
 地元で名ある企業家だが、単なるクラブの買収ではなく、ラグーザのサッカー・クラブの復活と、イブレオ高原(シチリア南東部の丘陵地帯)の県庁所在地クラブがイタリア・サッカー界から消滅するのを防ぐことが願いだと言う。クラブ存続危機からわずか24時間後、オーナーを名乗り出た彼はまさに救世主であろう。

 イタリア人はユーモア好き。巷では早くもこんなジョークが口にされる。新チームのユニフォームは黒いシャツに黒い靴下なのでは、と。いやいや、そんなことはない。クラブの伝統的なユニフォームは、ラグーザの空色、コバルトブルーだ。イタリア代表チームと同じく、地元ではアッズーリGli azzurriとも称される。新オーナーの仕事柄、これは天国色とも解せるが、そこに葬儀社の十字架が描かれないことを祈りたい。
 ラ・プレーチェ社は訳すと「祈り社」。ラグーザ市民の祈りが天国ではなく、この世で実りますように。

人気blogランキングに参加中 クラブの復興を祈りましょう・・・。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-18 18:53 | 政治・社会 | Comments(0)

星空を読む道具

 北の空が群青色に染まり、西にアンタレスがちらつく9時頃。夏のラグーザにようやく夜の帳が降り始める。ゆっくりと準備された闇夜に幾千ものきらめきが埋め尽くされ、天を仰ぐ人体から一切の邪念が消し去られる時間。この瞬きの前にどれだけ心を裸にされることか。

f0133814_2154427.jpg 夜空をただ仰いでいるだけではいられない。輝きの一つ一つを読み解きたい。そう思ったら星空を読む道具、「世界星座早見」を取り出す。小学校で理科の時間に使った「星座早見盤」を思い出し、日本から買ってきた。
 星座が描かれた青い紙の上には薄いプラスティックの窓が付いており、頭上でその二枚を回しながら北斗七星と北の位置を合わせて夜空を観察する。昔はアルミ製の皿型で、星座が蛍光仕上げになっていたので外でも良く見えたものだったが、これは懐中電灯が必要なうえに、点灯する度に目が明るさにやられてしまう。

 とはいえ「世界星座早見」は、世界中で使用できるのがウリだ。裏側は南半球用の早見盤になっていて、都市の緯度に合わせて見える範囲を調整するパネルも付いている。
 まだこのパネルを使いこなせていないものの、青い紙の日付とプラスティック版の時間を合わせ、方角さえ正しく取れば、頭上に広がる満天の星空が読み解ける。夜空を見上げながらギリシア神話に思いを馳せ、滔々と流れる時間と神秘の世界に畏怖を感じる毎夜。気付くといつも深夜を過ぎている。
 ラグーザで実際に見える星は、早見盤よりもはるかに多い。説明書によると4等星までは星座線で結ばれ、4.5等星以下は点のみで記されているそうだ。日本では見ることのない無名のきらめきが、ラグーザの夜空の透明度を物語っている。

 夜のテラスは瞑想と沈静の場所。このシチリアの山奥で、今後どのように生きていくのか。決して悲観的にはならず、自問自答を繰り返している。

人気blogランキングに参加中 夏の夜の夢・・・。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-16 23:53 | 自然 | Comments(2)

5日連続の不運 -後編-

 前日のブログ (5日連続の不運 -前編-) の続き・・・

不運3日目(6月26日) シチリア南東部は48度を記録。我が家も家の中で36度!暑さにうだっているとテレビが突如消え、パソコンの電源が電池に切り替わった。停電である。
 この日は、ラグーザの国際音楽コンクールに参加する日本の友人2人が到着することになっていた。彼らを迎えるのに家中暗く、この暑さの中、扇風機も使えない。ポンプが動かないため水は小指ほどしか出ず、シャワーもままならない、冷蔵庫も機能しない。飲み物や野菜はまだ良いが、f0133814_883415.jpg冷凍庫にはシチリア・マグロの最高級オオトロ1キロ分眠っている。このままでは腐ってしまうが成す術はない。電話機の表示が17:16で止まったまま5時間が過ぎた。
 その間、我が家に向かっていた友人にも問題発生。ローマ空港に2人の荷物が届かった上に、乗継ぎカウンターに長蛇の列ができて次のフライトに乗れなくなった。数時間後の便でカターニアに到着したが、ラグーザ行きのバスは既に終了。最終手段であるタクシーに乗ってこちらに向かうが、途中の山道では自然火災が随所で発生していた。めらめらと燃える山道を越えつつ、夜11時頃、2人はようやくラグーザに到着した。だが荷物は届かなかった。

不運4日目(6月27日) 昼頃、友人がシャワーを浴びていた時、ゴゴゴゴゴーと妙な音がした。キッチンの蛇口を開いても水が出ない。愕然とした。停電の次は水無し生活だ。
 友人に「断水」ではなく「水が無い」という状況を説明した。テラスから近所の家々の屋根にある貯水槽を見せ、シチリアの水問題を熱弁した。明日の朝まで水はないと伝えると、大抵のことは大丈夫な逞しい2人もさすがに驚きを隠せないようだった。
 この夜、近くでB&Bを経営するネッロ氏からいつも通り水の援助を受け、皆、汗臭いまま眠りに着いた。

不運5日目(6月28日) 水が届くか心配のあまり、朝4時半に目が覚めた。キッチンに上がり、蛇口をひねっても水は一滴も出ない。連日の暑さで4階は特に蒸れていたので、テラスの窓を開放し、もう一眠りすることにした。
 8時頃、ルカは二度寝している私を起こし、強張った表情でこの驚くべき事実を伝えた。
f0133814_82523.jpg 朝のカフェを作っていたルカは、鳩の鳴声がやけに近くに聞こえる気がしていた。寝ぼけていたし、テラスにいると思っていたが、ふと横を見ると鳩がキッチンを歩いている!ルカと目が合った鳩は慌てて逃げようとしたが、ローリング式の雨戸にバタバタぶつかり大混乱に。何とか外に追い出すと、居間とキッチンのあちらこちらにが撒き散らされていた!しかも昨日おろしたばかりの客用のランチョンマットとまな板にも糞があるのだと言う。
 慌ててキッチンに行くと、ルカの言った通りの事態に。信じられない。こんなことがあっていいのだろうか。床のタイルには、排泄間もないと覚しき水分を含んだ糞が散乱し、テーブルの上にはブドウ粒ほどの巨大な丸い糞が生々しく2つも転がっていた!!
 窓を開けた私ががいけなかった。責任をとるべく掃除をしようとした時、気付いた。昨日から水が無いのだ!普段ならモップを使って掃除をするが、水が無ければモップは使えない。いや雑巾でも何でもいいが、問題は水だ。水無しでどうやってこれを掃除するのか。
 途方に暮れていると友人がキッチンに上がってきた。一部始終を説明し、糞を踏まないよう散乱場所を確認し合っていたが、テーブルの糞団子を見るなり大笑い。こちらの緊張も解け、共に大笑いした。結局、消毒アルコールをキッチン・ペーパーに含ませ、気が狂ったように拭きまくった。(写真上:テラスを荒らしに来た鳩)


 数時間後、我々は水汲みを決行。現代の先進国で朝から水汲み、である。f0133814_21413013.jpg農業用品店で25リットルの水タンクを4つ買い込み、地元の友人の車で少し離れた公園の水道から水を汲んだ。
 タンク1つは25キロ、これを4つ後部座席に積み込み、タプタプ揺れるタンクを支えながら帰ってきた。100キロの人間が一人乗ったのと同じ重さ。これを階段で4階のキッチンまで運ぶのは想像以上にきつかった。
 手で持ち上げようとしても私の力では2、3段が限界。そこで体を斜めにし、両手でタンクを持ち、太もも辺りで支えながら1段、1段ゆっくり登った。人間の骨というのは案外頑丈にできているのだな、と感心しながら登る、そして登る。次の日、右の太ももにはあざが点々と。

 こうして毎日をつつがなく生きていくことで精一杯の今日この頃。カンタータの研究生活とは程遠いのである。

人気blogランキングに参加中 不運なんて、フ~ンだ!。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-14 08:17 | 生活 | Comments(6)

5日連続の不運 -前編-

 「悪いことはそれだけではやって来ない Le disgrazie non vengono mai da sole.」
 まさにその諺通りだった。日本語だと「一難去ってまた一難」。どちらもあの不運の日々を言い当てている。今更報告するのも何だが、やはり誰かに語らずにはいられない。

 不運1日目(6月24日) ルカの妹の結婚式のためナポリに数日いた我々は、カポディキーノ空港から7時50分の飛行機でシチリアに帰るところだった。早朝5時起きで空港へ向かい、チェックインを済ませたその瞬間にフライトが2時間遅れとなった。遅延理由は「技術的な問題」、4.8ユーロのミールクーポンが配られ、乗客は空港内でしばし待つ。その後、さらに20分遅刻、30分遅刻とちびちび表示が出て、ようやくボーディング。機内で非常口や救命胴衣の説明がなされている間に、うとうと眠ってしまった。
 するとルカが「起きて!降りなきゃ!」と深い眠りに陥る私をゆすって起こした。なんだ、もうカターニアに着いたのか、などと呑気な寝ぼけ気分の私とは裏腹に、ルカは尋常ならぬ様子。周りの乗客も怒りを顕にしながら次々に降りている。次第に事態が読めてきた。ボーディングをさせておきながら、機体の「技術的な問題」が解決されず、機長の判断で乗客全員を降機させることになったのだ。こんなことは初めてだ。
 結局4時間後にフライトはキャンセルされた。大部分の乗客は午後5時の便に変更したが我々はルカの実家で一泊し、翌日の同早朝フライトで帰ることにした。その時、ちょっと嫌な予感が走ったのだが。

f0133814_02997.jpg 搭乗予定だったこの飛行機、実は、垂直尾翼の横の左エンジンが作動せず、機長と修理工がはしごに上り、たった1本のねじ回し雑巾で修理を試みていた。
 空港のカフェから見ていて目が点になった。乗客100名の命を預かる機材をこんな方法で修理するのか。この飛行機にだけは乗りたくない、と思ったのだが・・・。

 不運2日目(6月25日) 再び早朝5時起きで空港に向かう。チェックインを済ませた直後、前日の嫌な予感通り早くも2時間遅れの表示。今日の遅延理由は「クルーがいない」とのこと。呆れた!乗客は時間を守って来ているのに、乗務員は寝坊するのか!前日と同じ4.8ユーロのミールクーポンで朝食を取り、だらだらと時間を潰し、3時間待ってようやくボーディングとなった。
 その時、我々はあることを発見してしまった。眼前にあるのは、昨日エンジンが作動しなかった、あのねじ回し修理の機体なのである。念のためにと機体名をデジカメに撮り、確認しておいた我々にはそれが分かってしまった。搭乗拒否も考えたが、そんなことをすれば乗客の間で大パニックが起きる。某航空会社勤務の友人が「危険のある飛行機を飛ばすことは絶対ない」と言っていたのを思い出し、その言葉を信じて乗った。
 離陸の瞬間が最も怖かった。一端、高度を上げれば仮にエンジンが1つになっても、何とかカターニアに到着できるだろう。片方のエンジンだけで無事着陸したというニュースを見たことがある。そう思いながらルカと手を握って緊張の時間を過ごした。順調に高度を上げ、雲の上に辿り着いたとき、それまで良好だったエンジン音がヒュルルルルーと音を下げた。はっ!一瞬言葉にならない恐怖で体が凍った。するとルカが、大丈夫だいじょうぶ、飛行機が水平になったからエンジンを弱めたんだよと。ああ、言われて見れば確かにそうだ。機体は水平飛行に入っている。
 しばらくして無事、カターニアに着陸した。冗談ながらも思わず拍手をしてしまった我々を、周囲の乗客はかなりの田舎者と思っただろう。
f0133814_0165837.jpg 深い安堵とともにタラップを降り、リニューアルされたばかりのカターニア空港到着ターミナルに赴く。荷物も早々と出てきてやれやれ、と思ったのも束の間、スーツケースの縫い目が裂けているのを発見。命懸けのフライトの次はこれか!デスクに駆け込み、損傷部分を見せて賠償手続きを行い、証拠写真もしっかり撮った。

 こうして2日続けて朝から空港で待たされ、墜落の恐怖を体験し、スーツケースを壊され、もはや精神的に限界に近い状態でラグーザ行きの長距離バス乗り場に向かった。
 しかしこの日は46度の砂漠並みの暑さ!バスのブレーキパッドが燃え、タイヤから煙が上がった。焦げ臭さが充満し、ブレーキの効かないバスで1時間山道を走り、途中のガソリン・スタンドで後続バスに乗り換え、命辛々ラグーザに帰ってきた。
 ちなみにこの日は私の誕生日だった。

人気blogランキングに参加中 悪いことはそれだけではやって来ない…。
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-14 00:31 | 生活 | Comments(0)

酔っ払った桃のワイン

 ピェルスィキと、ノーチェ・ピェルスィキ。ラグーザ弁で桃とネクタリンのことをこう呼ぶ。イタリア語だとペスカ pescaとノーチェ・ペスカ nocepesca。同じイタリアでも発音はこうまで違う。

f0133814_207522.jpg 写真の手前、皮に産毛があって少し白みがかっているのが桃、奥に見えるのがネクタリンで皮に赤味と艶がある。
 見た目と同様、味も少々違う。桃は日本の高価な白桃のようなものではなく、果実はかなり黄色い。スーパーで売られている黄桃の缶詰(シロップ漬け)と似ているが、こちらの場合その甘さは天然もの。皮を剥いてかじっただけで缶詰と同じような甘いジュースがこぼれ出す。
 ネクタリンはさらに甘味が濃く、酸味も少々ある。皮が薄いのでそのまま食べることもでき、繊維質な桃よりも舌触りがさらっとしている。また桃の痛みは早いが、ネクタリンはかなり長持ちし、いつまでも実が硬い。だが不思議なことに、いくら食感がゴリゴリしていても味は既に熟しきった甘みを一杯に含んでいる。昨夜食べたネクタリンは、りんごの紅玉ほどの硬さだったが、とろみのある力強い甘さに病み付きになった。

f0133814_22481759.jpg この2つの果物が出てくる夏、我が家の定番ドリンクと言えばこれ。
 桃とネクタリンを小さく切り、シチリアの赤ワイン、ネーロ・ダーヴォラに入れて冷やしたもの。スペイン語ではサングリアだろうが、我々は桃ワインと呼ぶ。
 ラグーザでは、およそ1.8ユーロ~2.3ユーロ以内でかなり満足なネーロ・ダーヴォラが買える。ワインを容器に移して、皮を剥いた桃たちを溢れるほど入れるのはルカの担当。イタリア人は小さなナイフ1つでまな板がなくても、何でも器用に切ったり剥いたりする。それを感心しながら見つめ、芯についた果実を流し台でジュルジュル吸うのが私の役目。ヒヒ。
 パスタやラヴィオリ、生ハムとサラダ、アランチーニ、フォカッチャなど何にでも良く合うこのワインは、実は、食事中に2つの楽しみ方がある。

f0133814_22484569.jpg まず、グラスにワインを注ぎ、スプーンで桃を2、3切れ入れる。食事中ワインは飲むが、桃は食べずに残しておく。ワインが減ったらまたグラスに注ぎ、桃も数切れ足す。食事中これを繰り返し、最後にいよいよ桃をいただく。なぜならこれは、歴としたデザートだからだ。
 ワインに溺れていた桃たちは赤黒い色に染まっている。皮を剥いた直後のフレッシュさはなく、少しへたってもいる。が、それを口に含むと、ショワー・・・!おお、何ということだ。強いワインで名高いネーロ・ダーヴォラに、この可憐な桃たちが対等に戦っているではないか。濃いブドウ味の後に続く甘酸っぱさ、そして舌を刺激するこのショワー・・・!。どこかで体験した覚えがある・・・。

 そうだ、あれだ!ラグーザには地元のチーズとソーセージをネーロ・ダーヴォラ漬けにしたものがある。チーズはラグーザDOPのカーチョ・カヴァッロcacio cavallo(ラグーザ弁でコーザ・カヴァッドュcosa cavaddu)、ソーセージは豚挽肉にフェンネル・シードと唐辛子、黒胡椒を入れたものを使う。それらは「酔っ払ったチーズcacio cavallo ubriacato」、「酔っ払ったソーセージsalsiccia ubriacata」と言われる。食べると舌をぴりりと刺すあの味は、まさに桃ワインのショワー・・・!と同じだ。つまり、これも「酔っ払った桃pesca ubriacata」ということか。
 そう言えば、ジャッキー・チェンの映画で《酔拳》というのがあったが、それに例えるなら我が家の桃ワインは「酔桃(すいとう)」だな。ワインを飲んでほろ酔い、酔桃を食べてさらに酔い、桃たちも酔い、みんなで酔う。ああ、この酔いの競演、亦楽しからずや。
 
 ところで、桃を剥きすぎて容器に入りきらない場合は、冷凍して次回また使うことができる。凍った桃は氷代わりになるのでワインがぐんと冷え、最後には桃のワイン風味シャーベットがデザートとしていただけるのだ。こんなに美味しくて一石二鳥なワインの楽しみ方、ボルドーの高級ワインではできないだろう。イッシシ。
 シチリアの庶民ワインに万歳!

人気blogランキングに参加中 ショワー・・・!。
 
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-12 23:51 | 料理 | Comments(3)

ジョヴァンニおじいさんが語るイブラ

f0133814_19482279.jpg ラグーザに来た日本人が必ず会ってしまう人、それがジョヴァンニおじいさんだ。
 大の親日家、ジョヴァンニ・ノービレ氏(Sig. Giovanni Nobile)は旧市街イブラで生まれ育ち、イブラをこよなく愛し、結婚して新市街に移り住んでからも、毎朝、イブラに下りて散歩するのが日課。古い友人とおしゃべりや散歩をして12時25分もしくは55分のバスで新市街の自宅に帰る。ランチに帰らないと奥さんに怒られますからね、とお尻を叩かれるしぐさで茶目っ気たっぷりに帰る言い訳をするのがおかしい。
 おじいさんは冬はバスで行き来するが、夏は茶色の皮のサンダルを履いて、階段でイブラまで下りていく。暑いから無理はしないでください、と我々はいつも言うのだが、おじいさんにとってイブラに行くことが健康の秘訣。よほどの悪天候で無い限り、一年中、毎日イブラに行き、ゆったりと時間を過ごす。
 しかしツーリストを見つけると、さぁ大変!ジョヴァンニおじいさんのスイッチが入る。そそそと近付き、彼らが見ている景色や教会について説明し始め、あちらの教会には・・・と言いながらいつの間にかガイドが始まり、聖人のレリーフから、丘に刻まれた遺跡、町の歴史、植物の名前、所々で見られる家々の古い習慣、井戸、石や壁の素材など、目に見える物を次から次へと間髪入れずに説明してくれる。

f0133814_20383565.jpg ふむふむ、と聞きながら写真を撮ろうとすると、いや、そこではなくこちらへいらっしゃい、と撮影のベスト・ポジションまで案内してくれる。はい、ここから撮って、と言われるままにそこに立つと、まずはため息。何と美しいプロポーションで教会や町並みが見えることか。イブラの坂の上に、視覚的な効果を狙って少々左向きに建てられたサン・ジョルジョ大聖堂は、ジョヴァンニおじいさんの指定場所に立つと、真正面から見ることができる。あの堂々たるファサードが目の前に自分と一対一の関係でそびえ立ち、圧倒されそうになるのだ。
 とにかくイブラについて隅から隅まで知っているこのジョヴァンニおじいさん。彼と遭遇し、一緒に散歩することこそ、ラグーザ旅行の醍醐味と言えるだろう。この日も友人とイブラへ下りていく途中、おじいさんと遭遇し、気がついたらイブラ・ツアーが始まっていた。(イブラの大パノラマの撮影場所を指定される友人。)
 ジョヴァンニおじいさんは、若い頃は仕立て屋を営んでいたが不景気で廃業し、地中海クラブClub Medに転職した。そこで知り合った札幌出身の同僚のお陰ですっかり日本が好きになり、以来、ラグーザを訪れる外国人、とりわけ日本人を見つけては声をかけ、イブラを案内しているのだ。
 おじいさんの胸ポケットから出てくる青い「千代紙手帳」(と私が名付けた)には、これまで案内した世界中の旅行者の住所氏名がずらりと書かれている。初めて見せてもらったとき、なぜかルカの名前もあったのには笑った!

f0133814_20313622.jpg ちなみにこれはイブラへの階段の途中で教えてもらった野生のケッパーCapperi。岩の隙間のあちらこちらに白と紫の妖艶な花が咲き、枝垂れる爽やかな緑には、良く見ると小さな実が成っていた。
 ケッパーの生を見るのはこれが初めて。本当にケッパーだ!とあまりに驚く私におじいさんは自信をなくしたのか、ベランダで涼んでいた老夫婦に、これはケッパーですよね、と尋ねていた。老夫婦曰く、今が収穫の時期なのでその辺りからよく取るそうだ。
 シチリアではこれを塩漬けにして長期保存し、魚料理やパスタのソースに良く使う。地元では皿の端にケッパーを残す人もいるが、はやり塩味のアクセントとして使われているのだろうか。いやいや、そんなことはない、全て食べ切る人もいる。もしかすると、日本で言う所のシジミ汁の身を食べるか否かという論争と同じなのかな。


f0133814_2049456.jpgf0133814_20494243.jpg
 ジョヴァンニおじいさんと歩いていると、イブラの豊かな歴史の一ページを静かにめくっていくような気分になる。左の建物は、階段途中でうっかり見過ごしてしまう廃屋だが、昔、この奥には男爵Baroneが住んでいて、夕方になると階段で誰かがアコーディオンを弾き、その音につられて人々が集まりワインを飲んだり、踊ったりしたそうだ。そういう話を聞くと、セピア色の景色に一瞬にして色が付き、風が吹き、楽しそうなな音が聴こえてくるような気がする。
 さらに階段を下がり、本道からそれた細道に案内された。右の写真はかつての男爵家で、奥さんが浮気をして逃げてしまい、一人娘が80歳になるまでここに住んでいたという。イブラには旧貴族が今でも多数住んでいるが、エレガントな身なりで不思議なオーラを持つ老女たちを見ていると、貴族の歴史を背負う切なさのようなものが感じられる。
 男爵家向かいの民家のドアは黒く焼け焦げていた。それを見るなり、こっちは奥さんが浮気された家で、火事が起きたけれど誰が火をつけたのかは未だに不明、気が触れた奥さんの仕業という噂があるなどなど、いろいろな物語を聞かせてくれた。
 ジョヴァンニおじいさんの生家の横にも男爵の家があった。昔は貴族に会うと、手に接吻し「私たちをお守りください」と挨拶し、貴族は人々の頭を撫でて「良し良し」としたのだそうだ。貴族も平民も一つの町の中で共に生きていたのだな、と思わせるエピソードだ。


f0133814_21113074.jpg 細い道を曲がってさらに奥へ。そしてこの日、私の心を捉えたのがこの家。
 誰が住んでいたのか、今となっては分からなくなってしまった廃屋の民家。その窓の上部両脇に石の装飾のようなものがある。ジョヴァンニおじいさんは懐かしそうに、昔はあの石の穴に棒を通し、そこに布を巻きつけてカーテンにしていたと説明してくれた。
 窓の真ん中辺りにも石の台が左右に2つある。ここには植木鉢を置いて窓辺を飾ったのだそうだ。きっとシチリア人の好きな赤や赤紫の花が飾られ、夕焼け色の壁に白いカーテンが風に揺れていたことだろう。こんな素敵な話を聞くと、ますますラグーザの魅力に取り付かれてしまう。


 ジョヴァンニおじいさんは言う。毎日イブラに散歩に行くのは、今もイブラに暮らしているようにしていたいからだと。
 小さい頃からの思い出の詰まったイブラを、まるで子供に絵本を読み聞かせるような優しい語り口。ジョヴァンニおじいさんの語るイブラは、旅行者の心にいつまでも残ることだろう。

人気blogランキングに参加中 ジョヴァンニおじいさんとイブラを歩きたい
[PR]
by hyblaheraia | 2007-07-11 23:13 | 生活 | Comments(4)


シチリアのラグーザ(ラグーサRagusa)より、時に音楽を交えて。ナポリ人の夫ルカと娘リディアも度々登場。リンクフリー。


by hyblaheraia

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

掲示板

最近は・・・
早寝早起きして新しいことに挑戦中!
16/11/2016


迷惑コメント対策で承認制にしております。
::::: ::::: :::::

自己紹介に代えて


ご連絡等はコメント欄にお願いいたします

::::: ::::: :::::


2013年11月、共著出版



2009年4月、共著出版



1999年3月、共著出版


Locations of visitors to this page
2010年2月16日リセット
世界の赤い花びら!


Click for Comiso Air Station, イタリア Forecast

今日の月はどんな月?



ラグーザ ホテル

カテゴリ

全体
自然
生活
歴史
祭り
伝統・技術
料理
菓子
変わった野菜と果物
野鳥・昆虫・動物
大学・研究
政治・社会
音の絵:写真と音楽のコラボ
シチリア他の町
イタリア他の町
ナポリの実家
一時帰国
ブログ・・・周年とゲーム
未分類

タグ

(60)
(50)
(46)
(42)
(40)
(38)
(36)
(35)
(35)
(34)
(31)
(27)
(22)
(21)
(20)
(15)
(14)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(6)
(6)
(5)
(4)
(3)
(2)
(2)

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

以前の記事

2016年 11月
2016年 10月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 02月
more...

最新のコメント

明けましておめでとうござ..
by アイシェ at 07:35
> Mchappykun..
by hyblaheraia at 06:11
牛乳と油で生クリームがで..
by Mchappykun2 at 01:30
> アイシェさん それ..
by hyblaheraia at 17:09
今人間ドックが終わったば..
by アイシェ at 11:48
> Mchappykun..
by hyblaheraia at 06:20
> 鍵コメさん は..
by hyblaheraia at 13:37
東京にいらしていたのです..
by Mchappykun2 at 01:31
> 鍵コメさま ご心配..
by hyblaheraia at 19:29
> ゆうゆうさん 素早..
by hyblaheraia at 07:18

画像一覧

ブログジャンル

海外生活
音楽

検索

記事ランキング

ライフログ











お気に入りブログ

生きる詩
gyuのバルセロナ便り ...
ルーマニアへ行こう! L...
写真でイスラーム  
エミリアからの便り
アフガニスタン/パキスタ...
イスラムアート紀行
夫婦でバードウォッチング
La Vita Tosc...
パリ近郊のカントリーライフ
トルコ~スパイシーライフ♪
now and then
Vivere in To...
シチリア時間Blog
フィレンツェ田舎生活便り2
ふりつもる線
ちょっとスペインの別荘 ...
ぐらっぱ亭の遊々素適
ヴェネツィア ときどき ...
石のコトバ
ボローニャに暮らす
フランスと日本の衣食住
イタリア・絵に描ける珠玉...
cippalippaの冒...
スペインのかけら
Berlin Bohem...
VINO! VINO! ...
::: au fil d...
sizannet
イタリア料理スローフード生活
ペルー と ワタシ と ...
しの的エッセンinドイツ
PoroとHirviのとおり道
料理サロン La cuc...
カッラーラ日記 大理石の...
イタリアの台所から
オルガニスト愛のイタリア...
Animal Skin ...
しのび足
道草ギャラリー
白と黒で
ちまもの読書日和
andante-desse
il paese - p...
やせっぽちソプラノのキッチン
坂を降りれば
A Year of Me...
お義母さんはシチリア人
Espresso!えすぷ...
シチリア時間BLOG 2
London Scene
hatanomutsum...
小鳥と船
mi piacciono...
カマクラ ときどき イタリア
やせっぽちソプラノのキッチン2

外部リンク