<   2007年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧

移民、そして移民局という所

 最近、毎週のように移民局Ufficio Immigrazione(英Immigration Office)に通っている。日本では入国管理局Immigration Breau of Japanと呼ばれる同機関が、イタリアではその名の通り移民局である。「難民」という言葉は、国連の「難民条約」(1954年の条約、1967年の議定書を合わせたもの)によって定義され、国連難民高等弁務官事務所でも「難民認定基準ハンドブック」を出しているそうだ。一方「移民」については曖昧で、国籍のない国に労働などの理由で移り住む外国人は一般的にそう呼ばれるようだ。
 日本に住む外国人が外国人登録を義務付けられているように、イタリアでも外国人=移民は滞在許可証を取得しなければならない。入国目的は労働、就学、結婚、伝道、難民、亡命など様々だが、その目的に合った正しい許可証を申請・取得する必要がある。
 その取得についてネットに多くの情報があるように、日本人には考えられないほど時間を要すと悪評高い。しかしそんなことはどうでもいい。スーパーのレジも郵便局も銀行も、何をするにも列ができスムーズに行かないのがこの国の日常。ここでは、移民を同じ人間として扱わない差別意識について、一言述べたい。

f0133814_150345.jpg 3月末に滞在許可証の申請をし、移民局から「5月16日9時06分」と召集時間が明記された手紙が届いた。それを持って早めに着いたが、既に長蛇の列が道路にまで続いている。手紙を見せて「予約があるんですが」と列の一人に言うと、「俺たちもだよ!」とみな手に手に同じ召集状を持っていた。「06分」という微妙な数字は個人の予約と勘違いさせ、あまりに馬鹿にしている。
 とにかく列の最後尾に並んだが、まずは冷風に震えながら道路で2時間、次はアーチ型のプラスティックパネルに囲まれた蒸し上がる通路で2時間、合計4時間待たされた。
 昼頃から突如晴れ、太陽が頭上が照りつけたこの日、パネルで覆われたオフィスへの通路はビニールハウスのように蒸した。ただ待つだけならまだしも、「質問するだけだから」と列を無視してオフィスに入る人や、子供を抱えて優先を主張する人、どさくさ紛れに列の先頭に横入りする人が後を絶たず、さらには「私はカラビニエーリ(警察)だ」と職権をかざして同伴した女性を列の先頭に付けるイタリア人もいて、その度に「列に並べよ!」、「ズルするなよ!」と叫ぶ男たちがぎゅうぎゅう押してくる。憤りと体臭と暑さとで蒸した通路で、人々は譲り合いや礼儀など微塵も持たなくなっていくのだ。

 こんな状況では、忍耐にも限界がある。一人の男性が列を外れてオフィスの進捗状況を伺っていた。すると、窓口で執務に当たっていた警官が彼に気付き、凄い形相で飛び出してきた。「ここに人がいるのを見たくないんだ!ちゃんと並べ。言うことを聞けないのなら、よそへ行け!分かったか!」と警官は怒号を上げ、人員整理のロープとコーンを激しく蹴り飛ばした。
 水を打ったような静けさが続いた。我々は家畜か。法律を遵守し、この劣悪な条件で4時間も待っているというのに、その態度はなんだ。きっと誰もが同じ気持ちだっただろう。
 しばらくするとまた横入りの人々が現れ、「おい、お前!」、「このズル!」と男達が一触即発の状態になる。小さな子供もいるこの狭い通路で喧嘩が起きては危険だ。たまりかねた夫が窓口に向かって、「すみません、誰か来て下さい!」と応援を呼び、「落ち着いて、落ち着いて、待つのはみんな一緒ですよ」とパニック状態の人々に呼びかける。
 10分くらい後に、ようやくオフィスの奥から3人警官が出てきて人員整理を始めた。手紙に書かれたた召集日を確認しながら、「あなたはだめです、今日はだめです。外に出てください。」と最初は丁寧だったが、ある人が「でも質問したいだけなんですが」と言うと、「だめだ!だめだと言っているだろ、出て行け!」と怒鳴り散らす有様。「出て行け!Fuori!」という言い方には、人の尊厳など露ほどもない。
 夫が言った。「人は動物のように扱われると動物になってしまうんだね。」 

 この季節、シチリアの沿岸にはアフリカからのボート難民が頻繁に漂着する。粗末な釣り船に溢れるほどの人が乗り込み、海を越えてシチリアまでやってくる。一説には、乗船には1人2000ドルかかるらしい。その資金を貯めるために、いったいどれほど辛い労働に耐えたのだろうか。ボートには女性も子供もいる。無事、シチリアに着いても極度の脱水症状で瀕死の人もいる。途中で力尽きた人も、転覆して亡くなった人もいる。
 だが命がけの入国に先進国は容赦ない。難民申請が却下された人々が手錠され、飛行機に乗せられるシーンが報道された時は、「彼らは犯罪者ではない」と世論も動いた。が、その後はどうだろうか。難民も移民もみな動物のように見下され、入国が許可された人でさえ、左右の指10本と、左右の手の平の指紋を採取され、あたかも未来の犯罪者であるかのように扱われている。

 移民局での手続きはまだ終わらず、この国に絶望を感じつつある。しかし、コネを使わず外国人とともに何時間も並び、ズルを見逃す警官に恐れず物申せる夫ルカを、私は心から誇りに思う。

写真:滞在許可証の申請用紙
(他にパスポートの全頁コピー、収入証明、無犯罪証明、戸籍証明、結婚証明、夫との同居証明、写真を添付し、指紋採取を2度行った)

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by hyblaheraia | 2007-05-31 02:24 | 生活 | Comments(4)

自然との共生

 中学時代、体育の時間に100m走というのをよくやった。スタートラインに立つと、ストップウォッチを手にゴールで待つクラスメイトが、やけに小さく見えたのを覚えている。あれが100mの距離だとすると、アマツバメ(Rondone)たちは我が家から200~300メートル上空にいるのだろうか。いや、ラグーザの海抜が600メートルだから、正確には上空約1000メートルもの高さかもしれない。空を仰ぎながら、アマツバメが天高く舞う姿を追っていた。 

f0133814_19112871.jpg 青天の霹靂とはまさにこのこと。カメラを手にする左手に、突如ベチッと鈍い感触が襲った。やられた、やられてしまった!アマツバメからの嬉しからぬ贈り物である。
 手の平にはU字型にくねった茶色の物体が、ひんやりと瑞々しさを湛えて横たわっている。これは何だ、もしやあれか、でも冷たい!どうしたらいい!
 動揺する私に、夫は笑いながら言う。「スゴイシュンカンダッタネー」(ニホンゴ)。そう、そうなのだ。かなり稀な確率でしか体験し得ない、撮影中の珍事だ。その一言で我に返り、まだ生々しさの残る我が手をしっかりと記録。

 思えば、2週間ほど前にも同じようなことがあった。テラスで植木の手入れをしている時に、背後に小石が落ちて炸裂したような音がした。身の危険を感じて振り返って見ても何もない。が、その数秒後、来たのである。背中に冷たい雨粒を、たった一粒だけ浴びたような感覚が。
 確かにあった、背中に例の物が。「チョットー、ダレガヤッタノ!」(イタリアゴ:鳥にはイタリアゴが通じるという持論による)。見つけた瞬間、向かい宅のハトたちを叱り付けたが、あの冷たさは上空1000mの冷気からアマツバメが落としたものだったろう。ハトよ悪かった。君たちの贈り物はもっと大きくて暖かい。

 鳥類の中で空中生活に最も適し、地上に降り立つことのないアマツバメ。浮遊する虫を捕食し、空気中の草や羽を集めて唾液で固めて巣を作り、飛来スピードは時速200kmとも言われる。今日も天高く舞い続け、黒い矢が疾風のように目の前を通り過ぎている。
 贈り物はもう結構ですから。私の願いは届いているだろうか。

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by hyblaheraia | 2007-05-28 15:07 | 野鳥・昆虫・動物 | Comments(2)

ラグーザのサッカー

 夕食後の片付けの最中だった。どすの利いた「ウオーー!!」という男たちの声が突然聴こえた。事件か喧嘩か?と手を止め、しばし耳を澄ます。すると「ハハハ、ウンガヨカッタネー」と満足気の夫の声。
 そう、今宵は欧州サッカーのクラブチームの大会、チャンピオンズ・リーグの決勝戦、ミラン対リヴァプール戦が行われている。ミランが前半で1点を入れた瞬間に、どっと歓声が上がったのである。

f0133814_642053.jpg 思えば去年の夏、ワールドカップでイタリアが優勝した時は凄かった。第一戦からイタリアが勝つ度に町は喜び勇む若者で溢れかえり、勝ち進むにつれ騒ぎが大きくなっていった。町一番の大通りコルソ・イタリアは、次々と乗り込んできたバイクや、余剰定員の車と軽トラック、さらにはトレーラーで埋め尽くされた。そして若者たちは一斉にクラクションを鳴らしながらゆっくりと移動し、中心地のロータリーを占拠したのである。若者の熱気で渦巻くラグーザ。これはムッソリーニがこの地を訪れた1924年5月12日以来だったのではないだろうか(!?)。熱気の質は違うものの。


f0133814_6431634.jpg 普段は10時を過ぎれば人一人歩いていない田舎町が、まるで新宿の甲州街道の大渋滞のような騒ぎに陥った。しかし市民はそれを咎めるどころか、老若男女みな国旗を手に沿道に立ち、誇らしげに振り回しながら共に勝利を祝っていたのである。
 近所の手芸店の86歳のお婆さんも、バスタオル程はある大国旗を、むんずとはためかせていたのには心底驚いた。日本では考えられない光景だ。我々もこの祝勝騒ぎに参加し、喜びを分かち合ったが、湧き上がる血潮を感じたあの日のことは忘れない。
 
 ちなみに、ラグーザにも4つのサッカーチームがあるのはご存知だろうか。中でもU.S.Ragusa(Unione Sportiva Ragusa、ラグーザ・スポーツ同盟)は、1949年に正式に組織された伝統あるクラブで(発足は1940年)、この町の空の色、スカイブルーがチームカラーである。2003年にはセリエC2まで昇格したが、2005年からセリエDに停滞している。
 このチームの応援団体、サッカー・サークル(Circolo di Calcio)が我が家から徒歩3分、新市街の一角の白壁に上品な装飾が施された古い建物の2階にある。クラブの代表とのおしゃべりだったので記憶が定かではないが、会員数が100名近く、入会費50ユーロ程と年会費100ユーロ程を払えば誰でも会員になれるそうだ。
 黒光りする階段を上がり、扉を開けると左手にバールがあり、エスプレッソからカップッチーノ、多少のアルコール、スナックなどが注文できる。その前には椅子とテレビ、なぜかビリヤード台がある「観戦の間」、その奥には「ゲームの間」があり、訪れるとお爺さん達がトランプに興じている。この町の多種多様なサークルによくある風景だ。
 そして「観戦の間」にはミラン、ユヴェントゥス、インテルのポスターが飾ってある。これは一昔前、多くのシチリア移民が北イタリアの大都市に出稼ぎに行ったため、遠くにいる家族を思い、その町のチームを応援する習慣ができたからである。ひいきにするチームは孫や曾孫の代まで受け継がれ、今日のミラン優勝で騒ぐ若者がいるというわけである。

 そうこうしているうちに始まった始まった。去年のワールドカップの比ではないけれど、クラクションを鳴らし、大通りを疾走している。

Forza Ragusaフォルツァ・ラグーザ・・・ラグーザ市のクラブチームの応援サイト
http://www.forzaragusa.it/ndcs/ragusacalcio/home.asp

Ragusa Calcio ラグーザ・カルチョ・・・ラグーザ県下のチーム総合情報
http://www.ragusacalcio.it/



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by hyblaheraia | 2007-05-24 07:41 | 生活 | Comments(4)

野鳥の子育て -チンチャレッラ-

 青と黄色の鮮やかな羽、透き通った声、アイラインを引いたような独特な目をもつ可憐な鳥、チンチャレッラ(cinciarella、アオガラ)。去年の夏までは一度も見たことのない鳥だった。坂の上の4階建て、テラス付きのこの家に越してきた時から、その愛くるしい姿にすっかり心を奪われ、今はカルデッリーノ(cardellino、ゴシキヒワ)と同様、近付こうとすればさっと交わされる片思いの相手になった。

f0133814_5425072.jpg 先週、3階のバルコニーを掃除していた時、わずか1メートルほど先の鉄柵に、チンチャレッラの雛を見つけた。
 左に見えるテッラコッタの屋根と鉄柵との間を、私の目の前でぴらぴらと行ったり来たり。ここに住んでいるからヨロシク、とでも言うかのように、何度も挨拶をしてくれた。ああ、憧れのチンチャレッラの巣が我が家に!この日から私のチンチャレッラ観察が白熱している、という訳である。


f0133814_8172170.jpg 日々の観察からいろいろなことが見えてきた。メルロ(merlo、クロウタドリ)たちとは違って、チンチャレッラは親鳥が一羽の雛だけを育てているようだ。
 雛の産毛が完全に生え変わらないうちから、あちらのベランダやこちらのテラスへと、まるで蝶々のように一緒に飛び回る子育て。青空に小さな黄色い身体が軽やかに舞う姿は、何とも清々しい。
 あまりに小柄すぎて、遠く肉眼からでは親子の違いは良く分からない。でも声は明らかに違う。親鳥が透き通った声で「チチチヂュ、チチチヂュ」と呼びかけると、雛は少しハスキーな声で「シシシシ、シシシシ」と懸命に応える。まだ「チチチチ」と上手に発音できていないのかもしれない。


f0133814_8402959.jpg こんな高いアンテナの上で給餌をすることもある。口ばし伝えに餌を与える姿は、チンチャレッラもメルロも、何か暖かいものを感じさせる。
 LIPU イタリア鳥類保護協会によると、野鳥は春はミミズや虫を、秋には草の種などを食べるそうだ。確かに去年の10月に、季節を終えて枯れ果てたバジリコの苗に3羽のカルデッリーノ(ゴシキヒワ)の親子が種をついばみに来ていた。マンジャトイア(mangiatoia、餌箱)を軒先などに設置すると野鳥を間近に見られるらしいが、我が家ではもっと自然な方法で、今年も枯れたバジリコをそっと残しておくことにしよう。


 チンチャレッラの親鳥は、雛と行動を共にしながら安全な区域を教えているのだろうか。光栄にも、安全地区に選ばれたと思われる我が家のテラスには、ほぼ毎日、何度も、仲睦まじく親子でやって来る。
f0133814_8534479.jpgf0133814_853458.jpg 身体の黄色と青がはっきりし、白い顔とアイライナー口ばしのオレンジ色が目立つのが、おそらく親鳥だろう(左)。
 一方、色の違いが少し曖昧で、口ばしも全体的にグレー色なのが雛(右)。夏には親鳥のように、目の覚めるような色を帯びているだろうか。
 我が家のスノコと干したキッチンマットに、ちんまりと座っている姿がたまらない。


 もちろん、雛一羽だけで遊んでいることもしばしばある。アンテナの真下に我々がいてもこの通り。羽を繕うのに夢中の様子。f0133814_9164935.jpgf0133814_9122726.jpgf0133814_912442.jpg雛が恐がらないようにと、この時夫がずっと「チチチチ、チチチチ」と親鳥の鳴き真似をしていたが、果たしてその声は届いていたのだろうか。
 それにしてもチンチャレッラは好奇心があり、以外と人を恐がらない。警戒心の強いカルデッリーノやメルロとは大分違う。


 チンチャレッラの声を意識の遠くに聴きながら目覚める今日この頃。この声が聴こえると、ああ、まだいてくれた、とほっとする。
 雛の巣立ちは早い。旅立つことが分かっている雛との、春の束の間の同居を楽しんでいる。


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f0133814_1094918.jpg◇ちょっとおまけ◇
チンチャレッラを探せ
「ワタチはどこでチョウ、チチチ」


5月4日のブログ チンチャレッラ情報
5月22日のブログ メルロ情報あり


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by hyblaheraia | 2007-05-23 10:51 | 野鳥・昆虫・動物 | Comments(3)

野鳥の子育て -メルロ-

 ラグーザでは今、野鳥たちが子育てに忙しい。我が家のテラスの軒下に、ロンドーネ(Rondone、オオツバメ)が巣を作ったのは3月のこと。長い留守中、いつの間にか雛たちは巣立って行ってしまったようだ。
 テラスから観察していると、ロンドーネたちは向かい宅のテッラコッタ屋根に2箇所、斜め向かい宅にも、そのまた隣にも巣を持っていて、時折「バサバサバサッ」という鈍い音とともに、ブーメラン型の大きな翼を痛める勢いで餌を運びに来るのが分かる。しばらくすると、また同じ音を立てて再び餌を探しに去っていくが、その寡黙な餌やりは、まさに「飛ぶ鳥跡を濁さず」といった感じだ。

f0133814_23481112.jpg それと対照的なのが、メルロ(Merlo、クロウタドリ)の子育てである。
 最近、やけにピヂューピヂューと騒がしいと思っていたら、2軒先の斜め向かいの廃屋の僅かなスペースに雛が3羽肩を寄せ合って暮らしていた。こんなふうに。
 餌を与える方も、もらう方も大騒ぎのメルロたちの賑やか子育てぶりは、とにかく見ていて飽きない。

f0133814_01070.jpg 朝の6時頃から親鳥は餌を探しに飛び回り、ミミズやら羽のついた虫やらを加えて戻ってくる。しかし、いきなり巣に直行はしない。まずは高いアンテナから巣付近に危険がないかを確認し、雛たちに向かって「待っていなさい、今行きますよー」と言うかのように、「イイイ、イイイ、イーイーイー」と喉を鳴らすのだ。

(ミミズを加えた親鳥)


f0133814_05778.jpg それでも待ちきれない雛たちは、まだ灰色の産毛に覆われた身体を乗り出し、「ビョービョー、ピュイーピュイー」と騒ぎ立てる。
 安全を確認した親鳥はようやく巣に飛んで来て、こうして口ばし伝えに新鮮な餌を与える。3羽ともオレンジ色の大きな口を開けて、我先にと夢中で餌を欲しがる。そして、この微笑ましい光景が一日中繰り広げられているというわけである。

 メルロはとても警戒心が強く、危険を直ちに察知し、人気も嫌う。そんな彼らが、雛を守るために集団的自衛を行うのを目撃した。
 一羽のコルヴォ(Corvo、カラス)が遠くからゆったりと飛んできて、メルロの巣に最も近いアンテナに止まった時である。親鳥が「エ゛ーエ゛ーエ゛ー」と聴き慣れない声で騒ぎ出し、周りにいたメルロたちも一斉に同じ声で鳴き始めた。5、6軒先の家々のアンテナの上でも応援が始まる。
 この緊迫した状況の中、騒ぎに居た堪れなくなった(?!)コルヴォは静かに去っていった。天敵に対するメルロの集団的自衛本能は素晴らしかった。

f0133814_0453444.jpg 朝6時から夜8時頃まで、一日中餌を探して飛び回った親鳥夫婦は、疲れた羽を休めながらも雛のことを気にかけていた。
 日が暮れても一羽だけ残り、ただただ巣を見守っていたのは母鳥だったのだろうか。
 「クリクリクリー、クリクリクリー」
という声が高らかに響いていた。



f0133814_0384431.jpg ◇ちょっと一コマ◇
「もうたくさん食べたでしょ。今日はもう寝なさい。」
「やだ、やだ、もっと食べたーい!」
「もっとー!」


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by hyblaheraia | 2007-05-22 00:58 | 野鳥・昆虫・動物 | Comments(2)

幾重もの山を越え 後編 -モンテ・ラーチ~ラグーザ-

 ラグーザの美しさが凝縮されている山、モンテ・ラーチ(Monte Raci、ラーチ山)。春にはアーモンドの木々が溢れるほどの白い花を咲かせ、のんびりと草を食べる牛や羊が平和でノスタルジックな雰囲気を作り出す。夏にはイチジクやサボテンの赤い実がたわわに実り、全ての植物が生命の温存を図る冬が去った後は、再び様々な息吹が溢れ出す。

f0133814_141156.jpg だが、その美しさは単に四季の移り変わりによるのではない。この山に刻まれたシチリアの悠久の歴史が、自然の景観に真の命を与えているのだ。
 モンテ・ラーチのふもとには、紀元前6世紀のギリシア時代のネクロポリスがある。ラグーザ海岸西部のカマリーナ(Camarina)から、次第に内陸に移住してきたギリシア人たちの墓場であったそこには、壷や皿、土偶、首飾りなどの生活道具のミニチュア品が亡骸とともに葬られていた。
 ラグーザ新市街のイブレオ考古学博物館(Museo Archeologico Ibleo di Ragusa)
には、それらの出土品が展示されている。その中で、女神デメートラ(Demetra)の赤い素焼き(テッラコッタ)の土偶が含まれているのが印象的だった。大地の実りや五穀豊穣を司るデメートラは、コレ(Kore, Core)とともにシチリアの古い女神信仰の一つを物語る存在である。古代ギリシア人は、日々の農耕を守った女神を棺にそっと置き、亡き人が死後も豊かに暮らせるよう願ったのだろう。


f0133814_14315.jpg モンテ・ラーチを左に大きく回り込むと、これまで越えてきた山々が背後に連なる。長距離バスからは見えなかったが、新石器時代以来の歴史を有す町、キアラモンテ・グルフィ(Chiaramonte Gulfi)を通ってきた。
 毎年、数々の金賞に輝くイブレオ高原DOP(伝統製法による製品)のオリーヴオイルは、ここで作られている。小ぶりで硬めのオリーヴ果実の、若々しい青さとコクが衝撃的に後を引き、当たり前だがオリーヴオイルはオリーヴでできているということを実感させられる。パンニョッタ(pagnotta、セモリナ粉で作る地元パン)にさっと一かけし、その上にシチリアの野生オレガノをひとつまみ。オリーヴオイルの最も素朴にして最も贅沢な食し方、ファッチャ・ディ・ヴェッチャ(faccia di veccia、「老女の顔」の意)を今日も食べたくなった。


f0133814_16394633.jpg この辺りの斜面では、ナスカの地上絵のような不思議な石垣が目に付く。
 ムーロ・ア・セッコ(muro a secco、「乾いた壁」の意)と呼ばれるこの石垣は、土地を耕した時に出てくる石を槌で叩き割り、整形し、セメント類を一切使わずにこつこつと積み上げて作られる。熟練した技術と途方もない時間を要するこの壁を、ある年配職人は、完璧なものではなく、多少いびつで素朴なものこそ美しいというラグーザ人の美意識と誇りの集大成だと言っていた。なるほど、地元のフォカッチャもシチリア・レースも、手間暇かけたものの良さは、全てこの一言で説明できる。
f0133814_1641480.jpg この石垣によって、農民同士の土地の境界が明確になり、種類の異なる野菜栽培も可能になる。また栽培物のダメージの広がりを食い止め、家畜を守る柵としても機能する。手間はかかるが、なんとも合理的な石垣である。


f0133814_16542262.jpg 眼下に隣町、コーミソ(Comiso)が広がる。空気が澄んでいれば、さらに先の町ヴィットーリア(Vittoria)と地中海の水平線が見える。

 この景色の独占を許された山、モンテ・ラーチは、太古の人々の願いと葬られた人々の魂、繰り返された多民族の戦い、そして農民たちの知恵と大自然の厳しさをも、何世紀にもわたって見続けてきたのだろう。

 こうして豊かな景色を眺めつつ、幾重もの山を越えてきた。シチリアの歴史と文化と精神を感じさせる国道514号の道のり、ぜひじっくりと味わってほしい。


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by hyblaheraia | 2007-05-21 08:34 | 自然 | Comments(0)

幾重もの山を越え 中編 -リコディーア・エウベーア~マッヅァッローネ-

 カターニアとラグーザを結ぶおよそ103キロの山道。そのほぼ中間地点からラグーザに至る道のりは、いかなる季節であろうと、いかなる天候や時間であろうと、その雄大な景色が心を打つ。

f0133814_5373926.jpg それはモンティ・イブレーイmonti iblei(イブレオ高原、イブレオ丘陵)と呼ばれるこの地域一帯が、自然保護地域に指定されていることと無関係ではないだろう。


f0133814_6405234.jpg モンティ・イブレーイの中程にひっそりとたたずむ町、リコディーア・エウベーア。その周辺の崖と丘のダイナミックな連なりを超えると、次第に葡萄の栽培が目に付くようになる。そして大きくカーヴするユーカリ並木を通り過ぎた瞬間に、手が届きそうなそこから遠くの丘の切れ目まで、そこかしこに葡萄畑が広がり始める。見も心も一気に全てその景色に吸い寄せられ、ただ感嘆の声をあげる一時。おそらく、こんなに多くの葡萄の木を一度に目にする場所は他にないだろう。

f0133814_6472041.jpg ここはマッヅァッローネMazzarrone、シチリア屈指の葡萄産地である。食卓用果物としての葡萄が大半だが、もちろんシチリア・ワインの代表格、ネーロ・ダーヴォラNero d'avola種も栽培している。
 とろみのあるような濃厚さと、葡萄の果実そのものの率直な味、それに負けないアルコール度を感じさせるこのワイン。強い衝撃に襲われ何であるか初めは理解できないが、飲み続けるうちにそれが葡萄の果実味だけではなく、葡萄を育む大地の土臭さをも包含する独特の風味によるものだと気付くだろう。
 ここを通る度に、今年のネーロ・ダーヴォラはどうだろうかと心が躍る。もはや私にとってこれらは葡萄の木ではなく、「ワインの木」として見えているのだ。このワインなくしてシチリア伝統料理は語れまい。


f0133814_5403652.jpg こうして葡萄畑を愛でつつ、再び丘をいくつも越えていくと、ここにはまだ春の足跡が残っていた。
 東京の路傍に咲いていた薄オレンジ色の上品なポピーとは違い、野生の燃えるように赤いポピーがキク科の黄色い花々とともに、丘を沿うように咲き乱れている。あの中に身を横たえ、青空と花々が創り出す色彩の泉に溺れてみたい。そうすれば啄木が「不来方の お城の草に寝転びて 空にすわれし 十五のこころ」と歌ったときの心境が分かるかもしれない。たとえ年は大分違っても。
 そして忘れずに見て欲しい、ここにも私の心を離さない廃墟の納屋が。まさに、このシチリアの田園風景に私はやられたのだ。


f0133814_544769.jpg あの山の向こうにラグーザがある。でも早く越えたいとは思わない。むしろ山の遠さから、心洗われるこの景色がまだしばらく終わらないことに安堵する。そして辺りの海抜がまだ低いことを確認しつつ、最後の絶景を迎える気持ちの準備を整える。
 ラグーザは実は海抜600mの高地にある。そのため11月から3月までは東京の冬と同じような冷え込みを体験することになる。とは言え、ここはシチリア。もちろん海だってある。ラグーザの中心からおよそ21キロ、ラグーザ市特有のカッルーバ(carruba、イナゴ豆の木)が群生する大地をひたすら下る一本道を、車かバスで20分走る。すると、どこまでも透き通るクリスタルブルーの水平線が、我々の目線よりも高いところに突如現れる。

 マリーナ・ディ・ラグーザ(ラグーザ海岸)。紺碧の海、白い砂浜、椰子の木、ジャスミンとブーゲンビリア、このシチリアを語る上でなくてはならない色彩を備えた海がここにある。だがラグーザの町自体は、海よりもにずっと近い所にそびえているのである。
 旧市街イブラは、新市街よりも下の谷にあるため、雲だけでなく朝靄や霧に隠れて町全体が何も見えなくなることもある。また逆に、イブラよりも下の谷から見れば、雲の中に浮かぶ小さな古都に見える時もあるらしい。その幻想的な姿の一部始終を、霧が消えるまで見続けたいものだ。

f0133814_5465544.jpg ゆるやかな丘陵をじわりじわりと登りつつ、気が付くとかなり高い所まで来ている。特に、この辺りから急勾配が始まり、バスのスピードもぐっと落ちる。山肩の傾れ具合で、その傾斜が想像できるだろう。
 ここから先、山の頂上へ向かうわずか10分ほどの時間に、ラグーザの美しさの全てが凝縮されている。

ラグーザまであと一山超えて・・・。


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by hyblaheraia | 2007-05-19 09:22 | 自然 | Comments(2)

幾重もの山を越え 前編 -カターニア~リコディーア・エウベーア-

 熱風の匂い、強烈な眩しさ、どこまでも濃く広がる空。いい天気に誘われるように外に出てみると、じりじりと肌を焼く太陽で確信した。夏だ、シチリアに夏が来た。
 この日、カターニアからラグーザへ向かう長距離バスから、シチリアの春の終わり行く姿を見届けた。植物の息吹に溢れていた大地は、既に、夏の陽射しに容赦なく焼かれ始めていた。なんと短い春だったことか。

f0133814_01430.jpg カターニアを出てすぐ目に留まるのがオレンジ畑の向こうにそびえるエトナ山。神々しいその頂には、がうっすらと残っている。30度近い暑さにうだる地上の俗世とは一線を画す存在であるかのように。
 このヨーロッパ最大の活火山は、標高3263m、地中海の中心シチリアにありながら、山頂付近の雪は6月まで溶けずにあるらしい。夏を告げるオレンジの葉の濃さと、残雪とのコントラストに一瞬戸惑う。


f0133814_0181111.jpgf0133814_0185312.jpgf0133814_0191262.jpg 抜けるような空と大地の蒼さに、黒と白のツートンカラーがあちらこちらで映えていた。プリーツのような羽を広げ優美に舞うガッヅァ(gazza、カササギ)である。黒く細い尾を美しく伸ばし、グライダーのように低空飛行する様は、肉食である彼らの凶暴さを微塵も感じさせない。
 電線に留まって右の羽をチェックして、左の羽もチェックして、これでよし。以外とおちゃめな面もあるのだな。


f0133814_0404138.jpg ゆるやかな丘陵地帯を登っていくと、風力発電の風車が所々に見えてくる。他に妨げるものが何もないこの場所で、丘を駆け抜ける風を一杯に受けている。
 シチリアだからこそ、風力だけでなく太陽熱も大いに利用すべきだろう。しかしシチリアの豊かなエネルギー源に関しては、何かと黒い政治が働いているそうだ。
 それにしても、この辺りはもうこんなに草が焼け落ちている。春の盛りには、柔らかな牧草に覆われていたのに。


f0133814_124819.jpg 自生するエニシダや、名もなき野の花々。シチリアの大地には太陽の光を跳ね返すこの黄色が良く似合う。
 シチリアの陶器として有名なカルタジローネ焼は、黄色と緑の配色を使うが、その組み合わせは、きっと野生の草花から来ているに違いない。至る所に咲き広がる花々の勢いを見ていると、どこかで誰かに強烈なインスピレーションを与えたはずだ、と思わずにはいられない。


f0133814_1155045.jpg さらに丘陵地帯を進み、山の奥へ奥へと進むと、憧れの町、リコディーア・エウベーアLicodia Eubeaが左手に見えてくる。
 ああ、このギリシア語の名前の響きの美しさ。いったいどれほどの時を重ねて今に至るのだろうか。崖の尾根に沿うように細長く伸びたその古い町は、眼下に白く輝く石灰質の土地を抱き、誇り高くそびえている。遠くから攻め来るどんな敵をも見逃すことはなかったであろう孤高の町。いつか必ず訪れてみたい。

f0133814_155785.jpg 山道の途中に点在する、今は使われていない納屋。厳しい自然の中で、貧しさと戦いながら、この牧草地を精一杯守っていた家族は、どのような思いでここを後にしたのだろうか。廃屋と化した納屋を見るたびに、胸が詰まる。
 カターニア出身のヴェルガ(Giovanni Verga, 1840~1922)は、このような景色の中でその文学的構想を固めていったのだろう。彼の『マラヴォリア家の人々』では、貧困と絶望に打ちひしがれたシチリアの農民の姿を、端的な力強い文体で綴られている。

 こうしてバスの窓から見える景色に、いろいろなことを考えさせられる・・・。
 さらに山を越えて、中編へつづく。


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by hyblaheraia | 2007-05-18 02:44 | 自然 | Comments(0)

兵どもの夢の跡 -シチリア食文化の混血性-

 「夏草や 兵どもが 夢の跡」
 シチリアの大地を走っていると、芭蕉のこの句が頭に浮かぶ。ギリシア、カルタゴ、ローマ、ビザンチン、アラブ、ノルマン、フランス、スペインと様々な民族が、地中海に浮かぶ宝石と謳われたこの島に魅了され、幾多の戦いが繰り返されてきた。雄大な自然を背景に日々戦い、傷つき、星空の下で休息し、朝陽とともに再び武器を手にした「兵ども」は、文化という形でシチリアに夢の跡を残していった。

f0133814_84749100.jpg そのことを痛感させられるのがシチリアの食文化である。
 中でも度肝を抜かされたのが、タヌキが笑ったようなこの菓子、「ンパナティッギ 'mpanatigghi」。もとは隣町、モディカの名産であるが、ラグーザ県で広く愛されている伝統菓子の一つである。


 外見は、薄皮クッキーの中にガトーショコラのような生地を入れて焼き上げた素朴な菓子だが、カカオの中には、驚くなかれ、「挽肉」が混ぜ込まれているのである。
f0133814_14281892.jpg よく炒めた牛挽肉、チョコレート、砂糖、(アーモンド・パウダー)を主材料とし、お好みでバニラやシナモン、オレンジピール、クローヴを混ぜ合わせた詰め物。
 そのほろっと崩れる一欠けから、濃厚なチョコレート生地がムースのように溶け始める時、小さな忘れ物が舌を触る。挽肉片である。それをゆっくりと含みながら、カカオと柑橘類、香辛料が織り成すエキゾティックな風味に一瞬目が覚める。ああ、またしてもこの不意打ちか、とシチリア食文化の混血性の、その斬新さと懐の深さに感服する。


 ンパナティッギィの歴史は16世紀に遡る。シチリアがスペインの支配下あったこの時代、コロンブスが1502年にホンジュラス付近を航海中にマヤ人の交易船と接触し、カカオの存在を知った。17年後にコルテスがその真の価値を発見しスペインにもたらしたことにより、シチリアにもカカオが入ってきた。1607年にイタリアに普及するよりも数十年前のことである。
 昔はウサギなどの狩猟動物の肉が用いられていたが、近年ではより手軽な子牛肉が使われている。また、カカオの腐食防止効果と挽肉に含まれる鉄分によって、長旅の疲れを癒す理想的な菓子と言われる一方、肉類の節食を行う四旬節(復活祭前40日間)に、厳しい斎戒(飲食や動作を慎んで心身を清め高めること)に耐えられない人々が考案した、というエピソードもある。1700~1800年代にもパレルモの修道院などで、肉とチョコレートを組み合わせたこの種の菓子があったらしいが、聖職者たちも肉の誘惑には勝てなかったのかもしれない。
 
 中南米ではカカオは古代から神の授かり物とされていた。種を磨り潰し、水やトウモロコシの粉と混ぜた飲み物が、ナワ族の言葉で「苦い水 xocoatl」と呼ばれ、強壮剤として珍重されたそうである。カカオの学名も、まさに「Theobroma=神の穀物」。1756年にスウェーデンの学者によって付けられた。
 シチリア食文化の混血性は、多民族との戦いの記憶であるだけでなく、自然と神への畏怖を失わなかった当時の人々の、純粋な想いから生まれているのかもしれない。


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by hyblaheraia | 2007-05-08 16:30 | 菓子 | Comments(8)

野鳥と心が通じる日

 東京に住んでいた頃は、知っている鳥と言えばスズメ、ハト、カラス、ニワトリ(それも食用、チキン)くらいで、改まって鳥のことを考える機会などなかった。それがラグーザに住み始めてからというもの、ゴシキヒワ、クロウタドリ、アオガラ、オオツバメ、カササギ、シマフクロウ、コウモリ、の存在を知り、飛び方や聞こえてくるさえずりで、「誰」なのか分かるまでになった。鳥だけでなく、雲の動き、光の強弱、風のそよぎ、土の色の変化、季節と星の関係など、私を取り巻くあらゆるものにも敏感になった。そして現在の家に引っ越してからは、バルコニーからの野鳥観察が毎日の楽しみになった。デジカメでの撮影だけでなく、さえずりの録音もする。

f0133814_16401594.jpg クロウタドリ Turdus Merla(写真左)は、その名の通り歌い方のバリエーションでは他の野鳥を凌駕する存在である。のどの辺りの羽を鋭く立て「クリクリクリー、クリクリクリー」とぜんまいを巻くような声を出すかと思えば、体を伸ばし、羽を下向きに軽く広げて「ディ・ディキディキ・ディ・ディキディキ・ディー」と泣いたりもする。その姿はペンギンにどこか似ている。高い声で「フィーーゥ」、甘い声で「ピュ~~」と泣く時はその愛らしさにメロメロになる。雛たちが遊ぶときは、少しつぶれた声で「エエエ、エエエ」、とじゃれあい、やんちゃぶりを見せる。
 観察していると、どうも彼らの間ではその年ごとに流行のメロディーがあることが分かってきた。去年はロックのようなリズムで「ウウアー/ウウアー/ウア・ウア・ウア・ウア/ウ・アウアウー」(2拍子)、と歌うのが流行っていたが、あれはきっと近所から聴こえてくるバンドの練習を真似ていたに違いない。
 こうしてバード・ウォッチングだけでなくバード・ヒアリングの楽しみも知った。

 引っ越してから知った鳥もいる。
 イタリア語ではチンチャレッラ Cinciarellaと呼ばれるその鳥は、体長10センチ程と小さく、背と頭が鮮やかな青、胴体は黄色、腹に黒い線、顔は白く、目にはアイライナーのような黒い線がすっと引かれている。あまりの鮮やかさに、最初はどこかで飼われているカナリアが逃げてきたのかと思ったほどである。f0133814_1603322.jpg
 日本名はアオガラ。スズメ目シジュウカラ科の鳥で、ヨーロッパとアフリカ北部に生息し、番い(つがい)で暮らす。高所を好む彼らは、高台に建つ家々の、さらにそこより高いアンテナの上に留まっていることが多い。だから急な坂道のほぼ頂上に位置する4階の我が家では、チンチャレッラたちの姿を毎日目にすることができる。


 先日こんなことがあった。さえずりが普段より近くに聴こえたので、デジカメを手にバルコニーに出てみると、f0133814_1614949.jpg我が家のアンテナで歌っていた一羽のチンチャレッラが、私に驚いて向かい宅に飛んで行ってしまった。 「ピッコリーノ(ちびちゃん)、どうして行っちゃうの?こっちにおいでおいで」、と話しかけると、呼びかけに応えるようにこちらに戻ってきて、恐がることもなくアンテナの上でかわいらしい歌を聞かせてくれた。
 ほんの数十秒の出来事であったが、野鳥とこれほど間近にいて、言葉を交わし、心が通じ(たつもりで)、言いようのない悦びに満たされた。この2枚はその時の写真。
 右は我々がまさに見詰め合っている瞬間。


 ところで鳥類と人間の間には、色彩の感じ方に違いがあるそうだ。人間の目の網膜には赤、緑、青(RGB)を感知する視細胞があるが、鳥類にはさらに紫外線の一種を感知するそれが加わる。例えば、人間には黒一色に見えるカラスも、彼らの間では違って見えるらしい。そして我々にはオスメス同じに見えるチンチャレッラも、彼らの間では、冠羽(かんう、かんむりばね、頭の部分)の近紫外線反射率で、その違いが感知されている。
 とすると、あの日、心が通じ合ったチンチャレッラは、私の頭の近紫外線反射から何を感知したのだろうか?おそらくイタリア人とは異なる反射をするのだろう、私は。

 チンチャレッラが歌っている間、私は感嘆の声を上げながら目尻を垂らして見つめていた。バルコニーから家に入ると、夫に「誰と話してたの?」と聞かれ、「チンチャレッラと」と答える自分がおかしかった。
 アッシジの聖フランチェスコのように、鳥と会話ができるようになる日はそう遠くはないかもしれない。

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by hyblaheraia | 2007-05-04 01:59 | 野鳥・昆虫・動物 | Comments(2)


シチリアのラグーザ(ラグーサRagusa)より、時に音楽を交えて。ナポリ人の夫ルカと娘リディアも度々登場。リンクフリー。


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