カテゴリ:生活( 114 )

移民、そして移民局という所

 最近、毎週のように移民局Ufficio Immigrazione(英Immigration Office)に通っている。日本では入国管理局Immigration Breau of Japanと呼ばれる同機関が、イタリアではその名の通り移民局である。「難民」という言葉は、国連の「難民条約」(1954年の条約、1967年の議定書を合わせたもの)によって定義され、国連難民高等弁務官事務所でも「難民認定基準ハンドブック」を出しているそうだ。一方「移民」については曖昧で、国籍のない国に労働などの理由で移り住む外国人は一般的にそう呼ばれるようだ。
 日本に住む外国人が外国人登録を義務付けられているように、イタリアでも外国人=移民は滞在許可証を取得しなければならない。入国目的は労働、就学、結婚、伝道、難民、亡命など様々だが、その目的に合った正しい許可証を申請・取得する必要がある。
 その取得についてネットに多くの情報があるように、日本人には考えられないほど時間を要すと悪評高い。しかしそんなことはどうでもいい。スーパーのレジも郵便局も銀行も、何をするにも列ができスムーズに行かないのがこの国の日常。ここでは、移民を同じ人間として扱わない差別意識について、一言述べたい。

f0133814_150345.jpg 3月末に滞在許可証の申請をし、移民局から「5月16日9時06分」と召集時間が明記された手紙が届いた。それを持って早めに着いたが、既に長蛇の列が道路にまで続いている。手紙を見せて「予約があるんですが」と列の一人に言うと、「俺たちもだよ!」とみな手に手に同じ召集状を持っていた。「06分」という微妙な数字は個人の予約と勘違いさせ、あまりに馬鹿にしている。
 とにかく列の最後尾に並んだが、まずは冷風に震えながら道路で2時間、次はアーチ型のプラスティックパネルに囲まれた蒸し上がる通路で2時間、合計4時間待たされた。
 昼頃から突如晴れ、太陽が頭上が照りつけたこの日、パネルで覆われたオフィスへの通路はビニールハウスのように蒸した。ただ待つだけならまだしも、「質問するだけだから」と列を無視してオフィスに入る人や、子供を抱えて優先を主張する人、どさくさ紛れに列の先頭に横入りする人が後を絶たず、さらには「私はカラビニエーリ(警察)だ」と職権をかざして同伴した女性を列の先頭に付けるイタリア人もいて、その度に「列に並べよ!」、「ズルするなよ!」と叫ぶ男たちがぎゅうぎゅう押してくる。憤りと体臭と暑さとで蒸した通路で、人々は譲り合いや礼儀など微塵も持たなくなっていくのだ。

 こんな状況では、忍耐にも限界がある。一人の男性が列を外れてオフィスの進捗状況を伺っていた。すると、窓口で執務に当たっていた警官が彼に気付き、凄い形相で飛び出してきた。「ここに人がいるのを見たくないんだ!ちゃんと並べ。言うことを聞けないのなら、よそへ行け!分かったか!」と警官は怒号を上げ、人員整理のロープとコーンを激しく蹴り飛ばした。
 水を打ったような静けさが続いた。我々は家畜か。法律を遵守し、この劣悪な条件で4時間も待っているというのに、その態度はなんだ。きっと誰もが同じ気持ちだっただろう。
 しばらくするとまた横入りの人々が現れ、「おい、お前!」、「このズル!」と男達が一触即発の状態になる。小さな子供もいるこの狭い通路で喧嘩が起きては危険だ。たまりかねた夫が窓口に向かって、「すみません、誰か来て下さい!」と応援を呼び、「落ち着いて、落ち着いて、待つのはみんな一緒ですよ」とパニック状態の人々に呼びかける。
 10分くらい後に、ようやくオフィスの奥から3人警官が出てきて人員整理を始めた。手紙に書かれたた召集日を確認しながら、「あなたはだめです、今日はだめです。外に出てください。」と最初は丁寧だったが、ある人が「でも質問したいだけなんですが」と言うと、「だめだ!だめだと言っているだろ、出て行け!」と怒鳴り散らす有様。「出て行け!Fuori!」という言い方には、人の尊厳など露ほどもない。
 夫が言った。「人は動物のように扱われると動物になってしまうんだね。」 

 この季節、シチリアの沿岸にはアフリカからのボート難民が頻繁に漂着する。粗末な釣り船に溢れるほどの人が乗り込み、海を越えてシチリアまでやってくる。一説には、乗船には1人2000ドルかかるらしい。その資金を貯めるために、いったいどれほど辛い労働に耐えたのだろうか。ボートには女性も子供もいる。無事、シチリアに着いても極度の脱水症状で瀕死の人もいる。途中で力尽きた人も、転覆して亡くなった人もいる。
 だが命がけの入国に先進国は容赦ない。難民申請が却下された人々が手錠され、飛行機に乗せられるシーンが報道された時は、「彼らは犯罪者ではない」と世論も動いた。が、その後はどうだろうか。難民も移民もみな動物のように見下され、入国が許可された人でさえ、左右の指10本と、左右の手の平の指紋を採取され、あたかも未来の犯罪者であるかのように扱われている。

 移民局での手続きはまだ終わらず、この国に絶望を感じつつある。しかし、コネを使わず外国人とともに何時間も並び、ズルを見逃す警官に恐れず物申せる夫ルカを、私は心から誇りに思う。

写真:滞在許可証の申請用紙
(他にパスポートの全頁コピー、収入証明、無犯罪証明、戸籍証明、結婚証明、夫との同居証明、写真を添付し、指紋採取を2度行った)

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by hyblaheraia | 2007-05-31 02:24 | 生活 | Comments(4)

ラグーザのサッカー

 夕食後の片付けの最中だった。どすの利いた「ウオーー!!」という男たちの声が突然聴こえた。事件か喧嘩か?と手を止め、しばし耳を澄ます。すると「ハハハ、ウンガヨカッタネー」と満足気の夫の声。
 そう、今宵は欧州サッカーのクラブチームの大会、チャンピオンズ・リーグの決勝戦、ミラン対リヴァプール戦が行われている。ミランが前半で1点を入れた瞬間に、どっと歓声が上がったのである。

f0133814_642053.jpg 思えば去年の夏、ワールドカップでイタリアが優勝した時は凄かった。第一戦からイタリアが勝つ度に町は喜び勇む若者で溢れかえり、勝ち進むにつれ騒ぎが大きくなっていった。町一番の大通りコルソ・イタリアは、次々と乗り込んできたバイクや、余剰定員の車と軽トラック、さらにはトレーラーで埋め尽くされた。そして若者たちは一斉にクラクションを鳴らしながらゆっくりと移動し、中心地のロータリーを占拠したのである。若者の熱気で渦巻くラグーザ。これはムッソリーニがこの地を訪れた1924年5月12日以来だったのではないだろうか(!?)。熱気の質は違うものの。


f0133814_6431634.jpg 普段は10時を過ぎれば人一人歩いていない田舎町が、まるで新宿の甲州街道の大渋滞のような騒ぎに陥った。しかし市民はそれを咎めるどころか、老若男女みな国旗を手に沿道に立ち、誇らしげに振り回しながら共に勝利を祝っていたのである。
 近所の手芸店の86歳のお婆さんも、バスタオル程はある大国旗を、むんずとはためかせていたのには心底驚いた。日本では考えられない光景だ。我々もこの祝勝騒ぎに参加し、喜びを分かち合ったが、湧き上がる血潮を感じたあの日のことは忘れない。
 
 ちなみに、ラグーザにも4つのサッカーチームがあるのはご存知だろうか。中でもU.S.Ragusa(Unione Sportiva Ragusa、ラグーザ・スポーツ同盟)は、1949年に正式に組織された伝統あるクラブで(発足は1940年)、この町の空の色、スカイブルーがチームカラーである。2003年にはセリエC2まで昇格したが、2005年からセリエDに停滞している。
 このチームの応援団体、サッカー・サークル(Circolo di Calcio)が我が家から徒歩3分、新市街の一角の白壁に上品な装飾が施された古い建物の2階にある。クラブの代表とのおしゃべりだったので記憶が定かではないが、会員数が100名近く、入会費50ユーロ程と年会費100ユーロ程を払えば誰でも会員になれるそうだ。
 黒光りする階段を上がり、扉を開けると左手にバールがあり、エスプレッソからカップッチーノ、多少のアルコール、スナックなどが注文できる。その前には椅子とテレビ、なぜかビリヤード台がある「観戦の間」、その奥には「ゲームの間」があり、訪れるとお爺さん達がトランプに興じている。この町の多種多様なサークルによくある風景だ。
 そして「観戦の間」にはミラン、ユヴェントゥス、インテルのポスターが飾ってある。これは一昔前、多くのシチリア移民が北イタリアの大都市に出稼ぎに行ったため、遠くにいる家族を思い、その町のチームを応援する習慣ができたからである。ひいきにするチームは孫や曾孫の代まで受け継がれ、今日のミラン優勝で騒ぐ若者がいるというわけである。

 そうこうしているうちに始まった始まった。去年のワールドカップの比ではないけれど、クラクションを鳴らし、大通りを疾走している。

Forza Ragusaフォルツァ・ラグーザ・・・ラグーザ市のクラブチームの応援サイト
http://www.forzaragusa.it/ndcs/ragusacalcio/home.asp

Ragusa Calcio ラグーザ・カルチョ・・・ラグーザ県下のチーム総合情報
http://www.ragusacalcio.it/



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by hyblaheraia | 2007-05-24 07:41 | 生活 | Comments(4)

日時計が示すもの

 新市街のサン・ジョヴァンニ教会(カッテドラーレ)のファサードには2つの日時計がある。左はイタリア式で、右がフランス式。
f0133814_0551964.jpg イタリア式は前日の日没からの経過時間を示し、フランス式は深夜12時からのそれを示す。後者は我々が普段使う時計と同じ数え方だが、イタリア式を理解するにはちょっとコツが要る。


f0133814_103539100.jpg まず現在のラグーザの日没が午後7時半頃ということを念頭に置く。今、13の線上の針から影が16と17の間に伸びているので、前日の日没から16時間少々経過したことになる。言い換えれば一日24時間のうち、日没まであと8時間残っているという意味にもなる。だからこの8時間という時間をどう使うかを考えればいい。
 また12の線辺りから右下に走る赤い斜線は、春分と秋分を意味している。日時計の影が赤線に触れる3月21日あるいは9月23日頃は、昼夜の長さがほぼ等しくなるので、影が赤線より上にあれば季節はまだ冬であり、太陽が空高く昇る夏は赤線を切り込む長い影が落ちるというわけである。
 時計で季節を感じるとは、なんと豊かな感覚だろうか。


 つまりこの日時計は「現在時刻」ではなく、「残された日照時間」を知り、「季節の移り変わり」を感じるためにある。
 これが設置された1751年と言えばJ.S.バッハ没年の翌年。当時はもちろん電気などなく、日没後にできることも限られていたに違いない。だがこうして、一日の時間、一年の四季を量的に捉え、その中で自分がどこにいるかを見出すという我々にはない感覚がここにはある。

f0133814_10283785.jpg ところで日没時間は緯度によって違うため、縦に長いイタリアでは北と南の都市で30分ほどの時差があった。太陽の動きとともに各地の生活リズムが作られ、ラグーザとローマが同じ時間である必要はなかったからである。
 しかしイタリア統一後、1885年に国際子午線会議で標準時間が導入され、一つの国家が一つの時計の元に動くことになり、一人一人の生活と太陽との関係など考える余地すらなくなっていった。
 我々が考える時間は、「太陽」ではなく「時計」が作る時間となり、昼夜逆転型の生活もありになった。

 
 それでもこの日時計を愛する人々がラグーザにはまだいる。あの日、「これはとても正確なんだ」と言っていた老人は、太陽と影と変わりゆく季節を感じながら、心豊かな一日を過ごしているのだろう。
 時間の感じ方は人や時代によって違う。このところ日時計を見るたびにそう思う。


 注意:日時計は午前11時と読むのに実際の時計が正午12時過ぎなのは、サマータイム施行により1時間繰り上げられているため。

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by hyblaheraia | 2007-04-07 14:21 | 生活 | Comments(6)

考古学博物館

 前からずっと行きたかった考古学博物館に、今朝ようやく行ってきた。ラグーザ新市街の中心部にあるこの博物館は、想像以上に素晴らしい展示数だった。しかも午前中の入館者は、我々2人のみ。貸切の館内で人を気にせず、古代の遺物と心行くまでじっくり対峙。何を見ても鳥肌が立った。この感動は今も。執筆中のラグーザの本に必ず入れたい。

 ちなみに、今朝はイタリア版グリーンカードとも言える、カルタ・ディ・ソッジョルノという永住型滞在許可の諸手続きのうちの一つをすべく、裁判所で「無犯罪証明」と「無起訴証明」のようなものを申請してきた。ミラノやローマだと何時間も待たされて申請し、受け取りは1週間~10日後と聞くが、さすがここはラグーザ、大いなる田舎なので、「月曜日のお昼頃できてますから」とあっさり。ちょっと拍子抜けした。でも早々に手続きが済み気分も軽く、「ムゼーオ・アルケオロージコに行こうよ!と夫に提案、即意見が一致し、足取り軽く向かったのだった。
 早起きは三文の得なり。
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by hyblaheraia | 2007-03-11 02:33 | 生活 | Comments(2)


シチリアのラグーザ(ラグーサRagusa)より、時に音楽を交えて。ナポリ人の夫ルカと娘リディアも度々登場。リンクフリー。


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