スフィラート・シチリアーノ
細かな作業と途方もない時間をかけ、無地の布から精緻なレースを生み出す伝統技術。その歴史は古く、1300年代後半には既にシチリア東部に存在していた。それがラグーザとコーミソ(ラグーザ県内)で長い年月をかけて洗練されてきた。スフィラート・シチリアーノと言えば、まさにラグーザの女性たちが紡ぐこの伝統工芸であることを意味する。
制作の工程は実に長い。しかも一つの作品は4人の女性の手を経て完成される。1.麻の布にデザインを描く人、2.そのデザインに沿って小さな鋏の先で無数の穴を開ける人、3.それらの穴に別糸でレースと刺繍をほどこす人、4.全体を布から切り取りアイロンや房飾りで仕上げる人。こうして作業を分担し、小物であれば大きな布から4~5点の作品が生まれる。
スフィラートには400クアットロチェント、500チンクエチェント、700セッテチェントと呼ばれる3つの技法があり、それらの数字は個々の技法が誕生した年代を意味する。隣町コーミソでは、フランスから入ってきたフィレfiletの技法も磨かれてきた。
いつものスフィラートの店で、4つの技術の違いの説明を聞きながら、溜息が出るような美しい作品を眺めていた。触ることさえ憚られるような清らかさを感じつつ、至福の時間が過ぎていく。なぜレースは人の心をこうも打つのだろう。
写真左:上からフィレ、500チンクエチェント(花柄)、700セッテチェント(横向き)。写真中央・左:ともに500。
フィレは糸で網を編んでから刺繍で模様をほどこすもの。500は布地に模様を残し、その周りに穴を開けてレースかがりにしたもの。700はレースかがりの中に模様の刺繍をほどこすもの。雰囲気はこんなにも違う。
700セッテチェントのテーブルクロスとテーブルセンター2つ。レースの中に刺繍模様が浮かぶ。
フィレとプント・アンティーコpunto anticoの組み合わせによるハンドタオルとテーブルセンター。
フィレのテーブルセンターとアンティークのフィレを活用したテーブルクロス。
糸から紡がれるフィレ。水色とのコンビネーションにはまた違った雰囲気が漂う。アンティークのフィレがここにも。
左:uncinettoウンチネットと呼ばれる鈎針レース。スフィラートよりも容易なのでこれができる女性は多い。私も友人にレッスンを頼んでいる。中央:プント・アンティーコ、スフィラートができる女性はこれは新しくて易しい技法だと言う。右:刺繍入りトゥッレtulle ricamato。
ラグーザ伝統のレース技術について、特別な手引書も学校も存在しない。それらはもっぱら家庭の中で母から娘へ代々伝えられてきた。女性たちは誰もが自分の技術に対して誇りを持ち、ジェローサgelosaで、他人には決して教えたがらなかったそうだ。言わば門外不出の技法が各家庭で大事に守られてきたのである。
女性が職業を持つことも一人で町を歩くこともできなかった保守的なシチリア社会では、その閉鎖的な環境こそがレース技術を洗練させたという人もいる。膨大な時間をかけてレースをほどこしたシーツ一式、ベッドカバー、カーテン、テーブルクロス、手拭きなどの生活必需品は、嫁入りの持参金にもなった。腕のいいスフィラトリーチェ(スフィラートを作る女性)であることは、花嫁の条件でさえあった。こうして見事なレースが700年以上もこの地に伝わってきたのである。
しかし今、スフィラートに関心を持つ地元の若い女性はほとんどいない。技術を持つ女性たちは高齢化し、目と指を酷使する作業から次第に離れている。さらに緻密な作業を経た手作りレースは高価すぎて売れないという問題も加わる。
スフィラートの店はラグーザに数店あるが、どこに行ってもそんな話を聞く。スフィラートで生計を立てているシニョーラは、この仕事には忍耐と愛情と情熱が必要だと言っていた。
ラグーザ伝統のスフィラートとフィレの美しさが未来永劫紡がれていくには何ができるだろうか。
シチリア・レースよ永遠に・・・!
by hyblaheraia
| 2008-03-07 03:54
| 伝統・技術
シチリアのラグーザ(ラグーサRagusa)より、時に音楽を交えて。ナポリ人の夫ルカと娘リディアも度々登場。リンクフリー。
by hyblaheraia
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