魂の対話 -能舞台の神秘-

 初めて能に触れた17年前、舞台で繰り広げられる抽象世界から、得体の知れない魂の威力を感じた。その記憶が生々しく蘇り、あの時以上に震撼した。
 ここに再び戻って来たことが嬉しく思えた。時間はかかったが、気付かずに通り過ぎるより良いだろう。「ないよりは遅い方がまし Meglio tardi che mai.」イタリアではそういう言い方がある。

f0133814_22444151.jpg 観世能楽堂は大いに変わっていた。ロビーには人がごった返し、能楽専門書店と土産物店が開かれていた。弁当を広げながら狂言を見る習慣はなくなり、何より立ち見が出るほどの盛況ぶりに心底驚いた。そして嬉しかった。
 年齢層はもちろん高め(50代以上?)で、全体で4時間かかる公演中に居眠りするご老人も見受けられたが、それも微笑ましい光景だ。
 そしてこの熟年層の熱気に負けず、若者も増えている。やはり野村萬斉等の功績や、能楽の世界がよりオープンになり、初心者向けのサイトや本が充実し始めたことと関係があるのだろう。
 太郎冠者:いやはや、良いことじゃ、良いことじゃ。
 Hybla冠者:なかなか(その通り)。

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梅若研能会 12月公演
 能 松風(まつかぜ)
 狂言 地蔵舞(じぞうまい)
 能 山姥(やまんば)
 帰国中に名作の組み合わせに出会える幸運。下勉強をして行ったので、『松風』の叙情的な場面を自由に感じることができた。
 大鼓方と小鼓方の裏返る声が浜辺のうねる風ならば、能管の厳しい響きは姉妹の霊の叫びだろうか。面の奥から発せられる籠もった声は、地唄の生の声と対照され、現世と黄泉の国との隔たりを感じさせる。面に松風と村雨(むらさめ)姉妹の性格の違いが見え、思わず息を呑む。在原行平(ありわらのゆきひら)の形見である烏帽子(えぼし)と長絹(ちょうけん)を手にした松風の、何かを見据えるあの覚悟の目。高度に抽象化された世界でのあらゆる所作とその意味を追う。
 心を無にして舞台に預けたら、受け止めきれないほどの魂の迸り(ほとばしり)が返ってきた。「信じて飛べ」中沢新一の言葉はこういうことだったのだろうか。宗教でなくても、信じて飛ぶのは能もオペラも同じだ。

f0133814_22452091.jpgf0133814_22453248.jpg
 『松風』で想像以上の衝撃を受けたので、休憩時間にロビーの書店で『山姥』の謡本縮刷版(B7)を買った。これを見ながら今度はより言葉に集中した。台詞の繰り返しと強弱、よどみない流れと溜めの部分、子音のぶつけ方などが手に取るように理解できる。
 隣の女性は、紙が茶色く焼けて端が折れ、使い込まれた謡本を時折見ていた。他にも謡本持参の観客が多数いた。オペラの字幕のようなものかな。

 こうして短い帰国中に、忘れていた美に立ち返り、心に深い栄養を与えている。今は無心でその美に触れようとしているから、舞台から凄まじいエネルギーを与えられる。年を深めた将来は、舞台の出来事に人生経験を重ねて、より柔軟に対話できるようになるだろうか。
 そんな魂の対話の神秘を、ラグーザで日本語を学ぶ生徒たちに伝えたい。まだ遅くはないはずだ。

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by hyblaheraia | 2007-12-17 01:50 | 一時帰国 | Comments(6)
Commented by けえこ at 2007-12-17 22:47 x
謡本というものをはじめてみた時、リズムはおろか、音程の指示がない!!ことに大層不安を感じました。
けれど、人から人へ伝えることの意味を知った時、そのようにして守られ築かれてきた「間合」を想い震えました。

その後、雅楽の譜(と言ってよいのか?)を見せて頂いた時もそうでした。
譜だけが残って今はもう失われた曲もあるのだとか。

観世流のシテ方さんからお謡いの手ほどきを受けた時、どこにも書いてないけれど、目線の配り方など大切な口伝(くでん)がたくさんあるのですよ、と伺い感激しました。
大切なものほど、書き留められないのかもしれません。
なんとかして繋ぎ止めたいとつい、言葉費やしてしまうけれど。

個人的には、お能を聞きながら幽玄の世界へあくがれ出でるのも堪りません。いやいや決して寝ているわけでは・・・・

信じて飛べ。いざソレガシも!いィやァーーーー!!
Commented by fumieve at 2007-12-18 02:20
あれ?えーっと、私は明日、観世能楽堂です。すみません、完全に不勉強のまま行きます。
Commented by hyblaheraia at 2007-12-19 00:55
>けえこさん、謡本は美しい!高校生の時に《桜川》の一節を勉強したのですが、あのさらさらと書かれた文字に不思議な点や小さな文字、上部には人の絵もあって一目見て釘付けになりました。
雅楽は龍笛に挑戦したのですが、吹いても吹いても音が出なくて、酸欠で倒れそうになり、リタイアしちゃいました。もう少し頑張っていれば・・・と後悔しています。けえこさんはいろいろと勉強しているんですね。さすが、日本伝統文化の担い手!イャーーー、ポン!
大切な口伝がある・・・、ああなんと美しいお話。やはり西洋の楽譜も謡本も、芸を記号化したものにすぎないわけで、それを頼りにその空間に鳴り響くものを創り上げる作業には、細かな技術や心入れが必要なのですね。塗装の世界にもそういうものがありそう。
幽玄の世界にもっと深く足を踏み入れたいです。帰国する時は必ず鑑賞にいくことにしました。信じきったので飛びっぱなしです!!ほーぉ、ほーーーーー!
Commented by hyblaheraia at 2007-12-19 01:04
>fumieveさん、ええ!なんというすれ違い!私は明日、都合がつけば歌舞伎座で一幕見です。
能はストーリーが大まかに分かっていれば、あとは信じて飛ぶのみ。今、手元の本で見ましたが《葛城》は観てみたかったです。fumieveさんのブログでご感想など、ぜひお願いします。
Commented by さらさ at 2007-12-20 14:53 x
お久しぶりです。今は日本に帰られていらっしゃるんですね!
そして能や歌舞伎など日本文化を堪能されているとのこと、何よりです。
私は数年前にギリシャから戻り、現在の日本の暮らしや価値観に違和感を感じながら何とか生きていますが、古来からの文化には惹かれますし、誇りを持ちたいと思うことが多々あります。
同じ舞台でも能と歌舞伎では静と動、それぞれに魅力がありますよね。
久しぶりに足を運びたくなりました。

ところで、お祖父様と十七条の憲法の記事、大変興味深く拝見いたしました。和をもって貴しとなす・・くらいしか今は思い浮かばないのですが、改めて読んでみたくなりました。素晴らしいお祖父様ですね!そして、ほめて伸ばす教えの一つ一つが現在のhyblaheraiaさんの源になっているのだろうなと思った次第です。子供とはいえ、やはり良いものに触れさせる環境を与えてやることが大切ですよね。十分に理解できなくても必ず力になっているはずです。百人一首の調べは意味がわからなくても日本語の繊細さ美しさを十分に感じることができますし。私は現在、子育て中なのでいろいろ考えさせられました。

日本滞在、どうぞ楽しまれてくださいね。
Commented by hyblaheraia at 2007-12-31 01:27
>さらささん、お返事が遅くなって申し訳ありません。今回の日本滞在は3週間でしたが、能と歌舞伎(一幕見)、日本伝統文化に関する書籍やDVDをたくさん入手し、今までと違う空気を吸い込んだような気がします。能も歌舞伎も大盛況だったので、いらっしゃる場合は早めの予約をお勧めします。
褒めて伸ばす教育は、考えてみれば祖父からしか受けなかったような・・・。ピアノの先生はとても厳しかったですし、小中時代は算数が苦手で大変でしたし。でも家で勉強しなさいと言われたことがなかったのが幸いです。ピアノを練習しなさい!とは言われましたが。
褒めて伸ばすという思想は、子供の教育だけでなく大人社会においても大事なような気がします。さらささんにはお子さんがいらっしゃるんですね。お子さんと一緒にこれからたくさんのことを学んでいく・・・、なんて素敵なことなんでしょう!
さらささんなら、ギリシアの生活の素晴らしさと、日本文化の奥深さをいろいろな形で伝えてあげることができると思います。
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