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2007年 12月 05日
一に曰く和を以って貴しとし、忤(さか)ふこと無きを宗とせよ。人皆党(たむら)あり。また達(さと)れる者少なし。 墨と硯(すずり)の匂いの書斎で、椅子を並べて共に声を出して読んだ遠い日の記憶が蘇った。学ぶことに何の助力も惜しまず、その楽しさを教えてくれた祖父からの、25年前の手紙である。 聖徳太子の十七条憲法。その全文(漢文)と書き下し文が11枚の便箋に、一糸乱れぬ力強い筆致で書かれている。小学生だった私を思ってであろう、所々、読み仮名が加えられている。封筒の消印を見ると、12歳の誕生日の10日前。ああ、そのために用意してくれたのだ。 その日は、都内のピアノの先生宅から自宅へ、祖父と一緒に帰ることになっていた。電車で2時間、当時の我が家まで私は喋りっぱなしだったそうだ。何をかと言えば、社会の時間に習ったばかりの縄文、弥生文化、土器や埴輪、卑弥呼、稲作の始まり、高床式住宅、前方後円墳や法隆寺のこと、そして聖徳太子と十七条の憲法についてだ。とにかくその頃は初めて(系統的に)学ぶ日本の歴史に、子供なりに興奮していた。ボックス席に肩を並べ、田園風景を見ながら、一生懸命話したのだろう。 聖徳太子の本を持っているから、十七条の憲法についてもっと教えてあげよう。そんな約束をしたような気がする。1ヵ月程経って、この手紙が届いたのだ。 夏休み、これを持って祖父母の元に遊びに行った。小学生には難解な内容だが、祖父はまず漢文の大まかな規則を説明してくれた。返り点や一、二の規則を知り、漢字を下から読むなんて!と驚きつつも、パズルのようで楽しかった。 そして言葉の意味を一つ一つ、子供の目線になって一緒に考えてくれた。一文が理解できたら、声に出して唱和する。一に曰く(祖父)、いちにいわく(私)・・・という具合に。 便箋の一枚目には勉強の跡が見られる。小学生の私の鉛筆書きだ。今より字がきれいだな。何て書いてあるのかと言うと・・・、 ![]() 左:レのしるしは、下から上へ読む。 一、二は一から二の方に読む。 右: 人皆有党 へんけんを持ったり、いじ悪をする人もある。 亦少達者 天才ばかりがいるとはかぎらない。 何事不成 何でも出来るはずだ。 ずっと引き出しに大事に閉まっていたこの手紙を、前回日本から持ってきた。昨日、荷物の整理をしながら偶然見つけ、いろいろな想いが溢れ出てきた。小学3年の正月、祖父が詠み手となった孫7人の百人一首大会で、古い日本語の不思議な響きを知った。 長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて けさは 物をこそ 思へ 意味は分からなくてもジェスチャーでこの歌を表現したり、きれいな姫札だけを集めて暗記して遊んだ。それがとても楽しかった。百人一首が気に入り、友人と六人一首なるものを作って担任の先生にプレゼントしたりした(困った顔をしていた)。正月恒例の書初めでは祖父の手ほどきを受けた。火鉢で焼いた餅、羽子板と羽根つき、駒、凧揚げ、門松、破魔矢など、日本の正月は祖父の元で学んだ。 書斎にあったドイツ語の本のカメ文字が面白くてノートに書き写した時は、普通のアルファベットでいいんだぞ、と言いながらも書き終わるまで見ていてくれた。運動会があるから来てほしいと電話すると、祖母と始発電車に乗って私が登校するよりも早く駆けつけてくれた。両手には栗ご飯を携えて。学校裏の田んぼを案内した日は、竹薮に生える竹の子を手で抜こうとする祖父に、だめだめこうするの、と足でコンコンと蹴って見事に抜いて見せ、頭がぐしゃぐしゃになるほど褒められた。いつの間にか覚えた方言で喋ってみせると、腹を抱えて大喜びした。 思い出すのはいつも何をしても褒められたことだ。ピアノのコンクールに落ちても、良く頑張った、一生懸命やることが大事だ、と褒めてくれた。西洋の褒めて伸ばす教育は日本にはないと思っていたが、こんな身近な、しかも頑固一徹の明治男からその教育を受けていたとは。 ラグーザでそんな昔の出来事を思い出しながら、日本で培った自分の根っこのようなものを感じていた。 子供の時の何気ない感動は大事なのかもしれない。その些細な驚きを引き伸ばし、難しいものも楽しく説明し、子供だからと手を抜かず、何でも本気で向き合ってくれたことに感謝した。祖父がいたらルカと何を話していただろう。パイプを勧め、政治か小説談義で盛り上がるだろうか。そこに私も加わり、杯を交わしながら、語り明かしたい。 いや~Hyblaは良く喋るなぁ~。 2時間の電車の後、祖母にそう言ったそうだ。今なら、良く飲むな~、と言うに違いない。嬉しそうな顔で。 私の男勝りな面をいつも褒めてくれていたから。 人気blogランキングに参加中 褒められると伸び伸び・・・!。 Tags:家族
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タイトル : 祖母の教え
hyblaheraiaさんのエントリーに影響されて、珍しく非食ネタ。 先日、帰省した折に父親が祖母の卒業証書を見せてくれた。W大の通信制の卒業証書だった。(しかも戦前)和歌山のド田舎の、私が高校生の頃でさえ、女の子には教育なんて、という風潮のまかり通っていたところで、決して裕福ではない家で育った祖母がどうして大学教育を受けようと思ったのか、今では知るすべはない。父曰く、祖母にはよく、「お金が勉強か、どちらかで迷うことがあったら必ず学をとりなさい」と教えられたらしい。 私が小学生の時に亡くなった祖母は、......more まぁー12歳でこうしたことに興味を持つとは大したもの。お爺さまもえらかったですねー。日本人の学童の知識レベルが凋落の一途って、今朝も大々的に報じられていました。わけの分からないゆとり教育なるものを提唱した連中、誰も責任取らないからねー。変な国に成り下がりました。なさけなや! ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 >grappa-teiさん、子供って与えたら何でも吸収するんだと思います。難しい本でも分かりやすく子供の立場で説明すれば、その子なりの方法で理解できるはずですから。二人の姪は小さいのにちゃんと論理性をもっていて、一つ一つ丁寧に積み重ねて説明すれば、信じられないくらい素直に受け止め理解するんです。当然のこととして説明を怠るのではなく、どうして?、なぜ?に対する答えの繰り返しで、段階的に理解させることが大事なのでしょうか。 日本の子供たちが受験ロボットみたいになるのは可哀想だけれど、良い知識を貪欲に吸収して欲しいと思います。ゆとり教育は、ゆとりのない大人が勝手に考えたもので、知識の詰め込みと知識の得る喜びをはき違えているのかもしれませんね。 >grappa-teiさん、字数が入りきらず続きです・・・ 通っていた中学がモデル校になっていたらしく、オープンクラスと称して1週間に1~2回、正規の授業を抜けて好きな科目を取るシステムがありました。母に相談し、理科と国語を抜けて油絵の授業を受けることにしたのですが、全校生徒の中でこれに参加したのは2人だけでした。みんな授業について行かれなくなるのが嫌だと言っていました。 ある日、絵を描いていると、文部省の偉いお役人がゾロゾロ見学に来て、楽しいですか?と聞かれ、楽しいです、と答えたのですが、他に聞くことないのか!と子供ながらに思いました。今思えば、あれはゆとり教育の走りだったのかもしれません。彼らに全然ゆとりは感じられませんでしたが。 >fさん、ええ!いいんですか?!ありがとうございます。私の読書スピードはとても遅いのですが、よろしいでしょうか。改めてご連絡します! 素敵なおじい様ですね。 今の日本人(自分も含め)がダメだとは思いませんが、昔の人の方が、学があり(尊び)筋が一本通ったものを持たれた方が多いように思います。昨今日本人の学力低下が叫ばれますが、単にテストでいい点がとれるとかそういうことでなく、日常の生活の中で、教養を身につけることの大切さを教えてくれる祖父母なり親がいなくなったからなんだろうなと痛感します。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 本当に素敵なお祖父様ですね。 >ゆとり教育は、ゆとりのない大人が勝手に考えたもので、知識の詰め込みと知識の得る喜びをはき違えているのかもしれませんね。 同感です。 「ゆとり教育」をうたう大人たちに「ゆとり」=「余裕」がなければ「ゆとり教育」は成り立ちませんものね。 世界レベルで見た時の、日本の小中高生の平均学力の低下に伴い「ゆとり~」が見直されているようですが、個人的には本末転倒のような印象を受けます。 それに、こうして方針をコロコロ変えると言うのも、決して子供たちに良い影響を与えるとは思えません。 「ゆとり教育」という発想そのものは、戦後がむしゃらに駆け上った日本、日本人に来るべくして来たピリオドだったのだと思います。ただ、それを担う立場の人間がそういう教育を受けずに居たのだから、当然容易なことではないですよね。 (長くて入りきらないので、続きです) 大人達がどっしりと、ゆったりと構えて(お祖父様のように)、子供達もそれを楽しんで受ける器が培われる環境にいて(hyblaさんのように)こそ成り立つものなのであって、政府がどう謳うか、学校の授業で何をするのか、というのは二の次なのではないかなと思います。家庭の環境が子供の地盤を作るというのは、昔も今も変わりませんから。 ただ、現代の社会では、親や身近な大人が子供に向き合う時間にも気持ちにも余裕が持てないというのも事実で、だからこそ教師や教育制度に白羽の矢が立ってしまうのかもしれませんが、「日本のレベル」を見て教育方針を変えるというのは、何か違っているような気がします。 最近、「ゆとり~」の記事を読み、考える所があったので、熱くなってしまいました。ごめんなさい。 hyblaさんのおじいちゃまの様に、子供に対してもっとゆったりと向き合う余裕と自信を自分も持てたらな、と思いました。 でも、家の娘達には真っ直ぐに向かい合ってくれる深い知識を教養を持った叔父さん叔母さんがいるので、安心してますけど。(笑) ゆとり教育ですか。私は、「ゆとり教育」はあまりわかりませんが、妻から 「ゆうとおり」(言う通り)教育を受けています。 >Ginaさん、トラックバックありがとうございます。Ginaさんのお祖母様のお話を拝読し、学べる環境にいることの有難さについて考え、それを忘れてはいけないと思いました。大事なのは信念なのですね。 現代の日本人は多様化する世界情勢と柔軟に渡り合い、目まぐるしいスピード社会で自分を見失わずしっかり付いて行く素養を持っていると思います。だからこそ日本は治安の良い、技術の最先端国でいられるのでしょう。外国にいると、日本の良い所がたくさん見えてきます。 ただ、もしかすると昔の人々が当然持っていた知恵や、それを尊重する姿勢が薄れているのかな、と思うこともあります。最先端を目指すのが当然の国では、子供の学力も詰め込み方式になりがちでしょうし、核家族化によって古き良き教えや、古い道具などに触れる機会も少なくなりますしね。 昔の人の知恵や生き方を知る機会がもっと日常的に得られるといいのでしょうが・・・。 >fさん、もうこちらにお付きになった頃でしょうか。ご実家のある場所は、昔から老後はそこに、と思っていました。いいところですね。帰国中の細々したことが一段落着いたらご連絡します! >nakoliさん、ゆとり教育はまず人間にとってのゆとりが何なのかを考えるところから始まらないといけないわけですね。「癒し」や「スローライフ」などの言葉も同じですが、現実から離れて心や身体に良さそうなことを一時的に体験しても、問題の解消方法にはなっていないような気がするのですが・・・。 戦後の日本に来るべくして来たピリオド・・・、なるほど、そうですね。思い付いた大人たちが一番ゆとりを欲していたのかもしれませんね。 でもいったい、ゆとり教育の実際ってどんなものなのでしょうね。気になります。 >nakoliさん、お返事がノロノロ、飛び飛びでごめんなさい!! 家庭の環境が子供の地盤を作る・・・、さすが現役ママの視点ですね。学校では友達や先生に囲まれて社会性を学び、家庭では日々の生活や身内との関係から自分のルーツのようなものを形成していくような気がします。そのバランスがきっと大事なのであって、現代の親たちが忙しいからといって全てを学校に任せることはできないのでしょうね。 ゆとり教育は、その教育をする人や環境にゆとりがあることが大前提、ということでしょうか・・・。 >日本人と結婚しているナポリ人さん、そうそう、女房関白のゆうとおりに!それで宜しい。
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