ジェラティーナ -農民の知恵の味-

 夕方の買い物帰り、爽やかな酸味と少し甘いような肉汁の匂いを風が運んできた。少し先の肉屋から光が漏れている。
 覗いてみると立ち込める蒸気の向こうで、青いエプロン、長靴、ゴム手袋姿のシニョーラが様々な形の肉片と戦っていた。聞くとジェラティーナgelatinaを作っていると言う。大理石の肉さばき台は、茹で上がったばかりの肉塊で一杯になっている。後ろには四角いアルミのオーブン皿が山積みに、その横には巨大な銀の鍋が無造作に捨ててある。こうして作るのか。初めて見た。繊細な味なのに体力勝負の仕事だ。

f0133814_17242071.jpg これから冷蔵庫で固め、明日には店頭に並ぶから。そう言われ、翌日早速買いに行った。
 ジェラティーナはラグーザ県一帯の地元の味。その昔、豚肉の良質な部分が貴族の食べ物だった頃、貧しい農民たちは残った豚の頭や耳、足などを集め、臭みを消す調理法を考え付いた。それが今でも郷土料理として人々に愛されているのだ。

 ジェラティーナの作り方はシンプルだが少々手間がかかる。
 まず、豚の頭、耳、足を軽く焼いて12時間水に漬け、血を抜く。それらを良く洗い、大鍋に4対1の割合の水と酢レモンのスライス、塩を入れて2時間半煮込んだら、肉を布の上に取り出し、硬く筒状に巻いて冷蔵庫で冷やす。鍋の湯で汁は捨てず荒熱を取り、上澄み油のゼラチン部分をすくって一度軽く火を通す。肉が冷え固まったら2cmに薄切りし、容器に並べ、ゼラチンを流し込んで冷蔵庫で冷やす。これが固まったら、もう一度上にゼラチンをかけ、唐辛子を散らして再び冷やす。完全に固まったら出来上がり。

f0133814_17253030.jpgf0133814_17312336.jpg
 この出来立てのジェラティーナに、昨日買ったばかりのカルチョーフィcarciofi(アーティチョーク)のソテーを添えよう。ワインはネーロ・ダーヴォラNero d'Avola、パンはセモリナ粉100%のパニョッタpagnotta。地元の味三昧のランチ、考えただけでうひひである。

f0133814_17255079.jpgf0133814_1726994.jpg カルチョーフィの可食部分は少ない。
 茎と葉は捨て、柔らかい部分が出てくるまで花びらを剥がし続け、頭先は切り落とす。するとロゼッタのような姿に。
 どこまで剥くのか、その加減が難しいところ。

f0133814_17263076.jpgf0133814_17265612.jpg ボールに水とレモンを入れ、剥いたカルチョーフィを入れる。
 こうすると黒く変色しない。ちょっと大きすぎたので切り直した。
 ああ、この黄緑、薄黄色、赤紫が溶け合う美しさ。

f0133814_17272065.jpgf0133814_17274487.jpg 下準備が出来たらフライパンにオリーヴ・オイル、にんにく一片、唐辛子を入れて軽く熱し、カルチョーフィを投入。ここで塩も一振り。
 何となくしんなりしてきたら、水を少し足し、蓋をして蒸し焼きする。全体が柔らかくなるまで、水を加えて火を通し続ける。

f0133814_18404481.jpgf0133814_17293729.jpg
 ジェラティーナは材料の不気味さを忘れるほどさっぱりとして、東洋的な味を彷彿させる。チャーシューのような甘い肉の味に、少しコリッとする食感がたまに来て、それをレモンと酢の味がさっと包み込む。何となく湯で豚を酢醤油で食べるような感覚。そして唐辛子のピリリが舌を刺激し、ああもう一口と手が伸びる。
 地元ではオレンジのサラダ(オリーヴ・オイルと塩をかけ、にんにくの芽で香り付けしたもの)と食べるのが一般的だが、どんなサラダとも良く合う。
 そしてカルチョーフィとの相性も抜群だ。とんこつラーメンやタイラーメンに入れても最高に美味しかった。今度は細切りにして、手巻き寿司にもしてみようかとも思案中。東洋的な味だけにアイディアも広がる。

 農民の厳しい生活から生まれた知恵の味。しかし日々の苦労を思わせないほどさっぱりとしている。ラグーザの空を流れる筋雲のように。
 真の美味しさを知り、豊かな食文化を築いてきたのは、貴族ではなく彼らだったのだろう。

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by hyblaheraia | 2007-11-29 19:11 | 料理 | Comments(10)
Commented by 電りくヒルズ at 2007-11-30 15:59 x
こ、これは!!GWに帰国した際にごちそうになったゼリー寄せの、オリジナルバージョンですね?!あの時はブラッドオレンジがたっぷり載せてあって、意外な美味しさにびっくりしました。作るのにはこんなに手間がかかるんですね。なんとか美味しく食べよう!と知恵を絞ってこの料理を生み出した昔の人ってすごいな~。
Commented by taormina at 2007-11-30 17:24 x
そう、京風にこごりを思い出します。最初は食べたときは結構ガッツリ来るかと思いきや、あっさり、さっぱりです。ガイドブックにはジェラティーナはサラミの一種として分類されてましたね。パニョッタを出しますか!やられた!シチリアは全般的にパーネがおいしいと思います。
Commented by hyblaheraia at 2007-12-01 01:37
>電りくヒルズさん、そうそう、あれですよー!あれの自家製版です。普段買っているものよりお肉が厚くて、ゼラチンも上と下にぼよよ~ん、でした。さっぱりしているので、たくさん食べてしまうんだけれど、良く考えたらあのゼラチン、全部油なのですね!コラーゲンたっぷりかしら?
豚の頭なんて気味の悪い部分を、こうやって工夫して美味しく料理してしまう知恵にいつも感心します。レモンとお酢って、最初に誰が言い出したんだろう?カタツムリもそうだけど、何でも最初に食べた人って凄い!私はこういうとき、どうどう?とうるさく聞いて、4、5番目に食べる度胸のない人間デス。
Commented by hyblaheraia at 2007-12-01 01:44
>taorminaさん、(前にtarminaさん、と打ち間違ってしまいました、ゴメンナサイ!)
京風にごりって美味しそう、食べたことないです。煮凝りみたいなものでしょうか。ジェラティーナはサラミの一種ですか。ふむふむ、お肉の加工品で保存も効くのでそう分類されるのでしょうね。でもサラミよりずっとあっさり、すーっという感じですよね。酸っぱいもの好きの私にはたまりません!
パニョッタとカサレッチョ(家庭風パン)にパンの好みが分かれますね。私は出来立てパニョッタを買うと、その匂いに耐え切れず、家に着くなりちぎって食べてしまいます。大体、パンの角が欠けているのは、私の仕業です・・・。
Commented by P405 at 2007-12-01 02:08 x
ジェラティーナはラグーザの食べ物だったのですね。お肉屋さんにあるので、シチリアではどこでも普通にあるものかと思っていました~。アーチチョークと合うとは意外!是非試してみたいです。
そうそう、Preskopfってご存知ですか?フランスのアルザス地方の地方料理ですが、ジェラティーナとそっくりですよ。作り方は多分ほとんど同じだと思いますが、Preskopfはレモンや唐辛子の変わりに、ブーケガルニやクローブ、風味が残る程度にポワロー葱や人参、セロリが入っています。ヨーロッパの食文化はやはりどこか基本が似ていますよね。時々こうして似て非なるものに出会うのが面白いです。
Commented by hyblaheraia at 2007-12-03 01:05
>P405さん、このジェラティーナについては生粋のラグーザ人の一家から、昔農民が貧しかった時代に・・・という背景を教えてもらい、ラグーザ伝統料理だと言われたのですが、確かに、他の町にもありそうですね。ここの人々の説明はいつも断片的で論理性がなく(面白い説明なんですけれど)、道を聞いても何を聞いても、それこそ塩漬けオリーヴの水と塩の比率も誰も答えられなかったし、すごくアバウトなんです。でも自分の説明に100%の自信を持っているので、聞いている私としてはああそうなのか、と信じてしまうのですが・・・。
多分、ジェラティーナはシチリア料理と言ったほうが良いのでしょう。そしてこのような料理はおっしゃる通り、ヨーロッパ全土にありますね。ハンガリーの友人がこれを食べたとき、懐かしい味!と言っていました。でも彼女の国では唐辛子ではなくパプリカを入れるそうです。ドイツやオーストリアでも良く似たゼリー寄せがありますしね。
こう考えるとシチリアってやっぱりヨーロッパだったんだ、とちょっと安心しました。お料理とお菓子は完全に趣味なので、こうしていろいろな情報を頂けると勉強になります。Preskopfも食べてみたいです!
Commented by taormina at 2007-12-04 11:13 x
すいません、煮凝りでした。よく確認します。(涙)「大体、パンの角が欠けているのは、私の仕業です・・・。」そうか家のパンの角がかけているのはそのせいか~
Commented by hyblaheraia at 2007-12-05 07:34
>taorminaさん、パンの美味しい匂いがすれば、手がニョリニョリ~ッと世界中どこへでも伸びてしまうのですよ!お菓子も要注意です、ふふふ。お気をつけあそばせー。
Commented by cumachici at 2007-12-19 01:14 x
Ragusa!大変懐かしいです。2004年に一年間、かの地に住んでおりましたので、こちらのブログを拝見させていただいた時は涙が出るほど嬉しかったです!!
Commented by hyblaheraia at 2007-12-31 01:08
>cumachiciさん、はじめまして。お返事が遅れて申し訳ありません。ラグーザにいらしたんですね。我々は2004年から住んでいますが、その頃は日本人は二人しかいないと思っていました。今は少し増えて常に3人いますが、やはり他の町と比べたらまだまだ少ないですね。
この通り、日々のつつがない出来事を綴るブログですが、よろしければまた遊びにいらしてください。
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