一枚の写真

 それは一枚の写真から始まった。谷間に広がる町の写真に魅せられ、ラグーザがどこなのかも分からないまま夫婦でここにやって来た。それから2年、なぜかは分からないけれど、説明はできないけれど、どうしてもここに来なければならない気がした、と言う二人。
 漆塗家、藤岡圭子氏とそのご主人は、こうして再びこの地を訪れた。
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 旅人だけでなく、地元の人々をも魅了して止まないこの風景。ここには人と人とを結ぶ、不思議な力がある。彼らとの出会いもまたそうだった。
 ラグーザへの旅行前に、圭子氏がネットで情報検索をしている際、この写真がトップページのサイト、ヒブラ・ヘライアHybla Heraiaがヒットする。そこでこのブログの存在も知り、開いてみると、2年前に謎が解けなかった日時計の記事があった。
 即座に「日時計!」と会社のご主人に携帯メッセージを送る圭子氏。受け取ったご主人は几帳面な性格のため、まずはブログ全ページをざっと流し見する。すると、良く知っているあの「角度」が見えた気がした。スクロールをゆっくり戻すと、ダンディーなポーズで石垣に座る男性が。あっ「ジョヴァンニ!」 今度はご主人が奥さんにメッセージを送る。2年前にラグーザで出会い、散歩をしながらこの町の美しい文化と歴史を語ってくれたジョヴァンニおじいさんの姿だった。
 この人に連絡を取ってみようか。そしてこのブログにコメントをくれた。

f0133814_17371794.jpg 最初のコメントは圭子氏がメーラーで書いていたそうで、コピー・ペーストをしたら最後の署名が入ってしまっていた。本人の知らないうちに、私は彼女の塗装のサイトを見ていた。
 その丁寧で美しい作品の数々に心を打たれた。普段何気なく使っていた箸が、これほど時間と手間をかけて、細心の注意と高度な職人技によって出来ているとは。
 割れた食器を金で継ぎ直し、新たな命を吹き返す様子、食器の破損部分がなくても修理できるという技術、物を大切に使い続けるメッセージ。一目で彼女の仕事ぶりに惚れ込んでしまった。
 こんなに美しいものを創る人に悪い人はいない。ネットを通じての出会いには危険が潜んでいるものだが、彼女に関しては何の疑いもなかった。
 旧市街イブラで待ち合わせをし、散歩をしつつ、荒涼とした谷と丘を見ながら、互いに大切に思っていることを語り合っていた。


f0133814_17374444.jpg こんな素晴らしい圭子氏作の箸を二膳いただいた。
 右はルカ用、左は私用。厚手の白い和紙を三つ折にして包まれる箸に、侘び寂びの精神を思い出す。
 華やかでグロテスクなバロックの町にいると、日本の美を目にして、ずっと忘れていた心の記憶がかすかに蘇る時がある。


f0133814_1738499.jpg 箸の模様はさらに素晴らしい。
 右ルカ用は、伝統的な紋様の「竜田川」。奈良県を流れる竜田川は紅葉の名所で、古くから歌に詠まれてきた。
 竜田川?和歌に出て来ますよ! ルカはすぐに反応した。

ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは(古今和歌集 在原業平)

 歌を詠むルカと夫妻。この一瞬に彼らの距離がぐっと近付いていた。
 左の私の箸は、圭子氏の新たな挑戦のデザインと技法による。満遍なく一様に塗り込む従来の漆の技術ではなく、筆の軽いタッチで擦れた風合いを表現している。
 右側には私が愛して止まないチンチャレッラCinciarella、青と黄色の鮮やかな野鳥で、春には親子で我が家に遊びに来る。左側には旧市街イブラ入り口にあるイートリア教会Chiesa di Santa Maria dell'Itriaの鐘楼。マヨルカ焼の青と黄色のタイルは、この町の象徴ともなっている。
 日本の伝統技術に我が町ラグーザの図案。こんなに嬉しい贈り物はない。しかも箸の裏、左には「るか」と平仮名で名入り、右には紅葉が一片。私の箸の裏にも名前と、さらにラグーザ伝統菓子のムカートリmucatoliが一つ。ああ、なんという粋な遊び心。


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 箸の図案となったイートリア教会とチンチャレッラ。ビザンチン時代の教会跡地に1701年に再建されたこの教会、300年後に日本の箸に描かれることになるとは、いったい誰が想像しただろうか。そして欧州とアフリカにしか生息しないこれほど色鮮やかなチンチャレッラ、その無邪気な姿が箸という日本の文化に舞い降りてきたのだ。
 全くの異文化がラグーザを愛する一人の手によって見事に出会う驚き。それだけではない。私の愛するこの町を、同じように愛してくれている。信じられないような出来事に、今もまだ胸が震える。

 2年後には圭子氏の個展と私の研究のコラボレーションをここラグーザで開こう、と固い約束を交わした。
 言葉では言い表せない出会いの悦び。たった一枚の写真がもたらしてくれた。

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by hyblaheraia | 2007-10-10 20:09 | 生活 | Comments(16)
Commented by Gina at 2007-10-10 21:06 x
不思議で、そして、美しいご縁ですね。
私は普段はVIVA ITALIA!状態で生活を送ってますけど、
日本の古典文学の世界は、心の琴線に響く、しっとりとしたものが
あって、大好きです。
そういう感覚を共有化できる、ルカさんは本当に素晴らしいですね!

イタリアの芸術や文化にも和の美学に通じるものがあるのでしょうか?
Commented by hyblaheraia at 2007-10-11 02:06
>Ginaさん、本当に人生どんな出会いがあるか分からないものですね。日本古典文学は、言葉の響きが美しく私も大好きですが、やはり難解で途中で本を閉じたくなってしまいます。
ルカは日本の文化を本当に良く知っていて、時々こちらが恥ずかしい思いをしたりして・・・。
日伊の文化には、細密画や途方もない時間を要する手仕事などに共通の美学があると思います。あと、ラグーザでは料理にお砂糖を使うところが、日本のお醤油とお砂糖の甘辛さに共通する味覚趣味があると思います。
Commented by modicana at 2007-10-11 02:07 x
hyblaheraiaさんのおかげで、私まで、貴重な出会いができました。
わかっているつもりでも、いつか、あって当たり前になりそうな街の美しさ、そこに息づく人々。伝えるべき大切なこと。たくさんのことを、気づかせてもらえました。
そして、あらためて知った日本の伝統美。圭子さんの作品は、その繊細なタッチもさることながら、絵柄というか、全体の構成がなんともいえないですよね。そして、それが、飾るものでなく、日常の中で使ってこそ。というポリシーが、また、素晴らしい。こんな素敵な作品の数々を、ラグーザのひとにみてもらえる、2年後が待ち遠しいです。
Commented by hyblaheraia at 2007-10-11 02:54
>modicanaさん、一緒に語り合えて本当に嬉しかったです!確かに、ここに住んでいると、いろいろなことが当たり前になっていきそうで、日常に溺れず新鮮な感覚を失わないようにしないとだめですね。
良いものは使ってこそ良さが出るという考えは、理屈では分かってもなかなか・・・。今回、圭子さんに啓発されて、しまい込んでいた鎌倉彫のお盆を出してきて毎日使っています。壊れたら直してくれる強い見方がいると、結構大胆に使えるものですよ。
Commented by fumieve at 2007-10-11 03:48
うわわわわーーー・・・すてきですねーお箸。そしてラグーサ。やはり一度は行ってみなくては。
Commented by hyblaheraia at 2007-10-11 05:30
>fumieveさん、こんな素敵なお箸、前なら絶対使わずに大事にしまっていたでしょうが、「使い込んでこそいい味が出る。壊れたら直して!と持ってきて欲しい。」と作者、圭子氏に言われ、さっそく使っています。
ラグーザの素晴らしさは写真以上ですよ!
Commented by kawazukiyoshi at 2007-10-11 14:29
人の出会いあって不思議でとっても大切なのですね。
いっしょに仕事をするまでつきあえるなんて
ほんとにうれしいことです。
今日もスマイル
Commented by saku at 2007-10-11 16:48 x
お箸、素敵ね!!
職人でありアーチストであり、ほんとに素敵な作品ですね。
使い込んで、いい味出してくださーい!
Commented by hyblaheraia at 2007-10-11 18:03
>kawazukiyoshiさん、本当に不思議な不思議な出会いでした。新しい分野の友達と、これから何か新しいことができそうで、とてもワクワクしてきました。私もスマイル。
Commented by hyblaheraia at 2007-10-11 18:05
>sakuさん、こんな素敵なお箸は人生で初めてです。今まで使っていた若狭塗りのお箸の端が少し欠けてしまって、それも修理に持って帰ってくれました。シチリアで何世代にも渡って使い続けていきたいです。
Commented by けえこ at 2007-10-11 22:19 x
いやもう、コメントするのも恥ずかしいですが・・・(汗汗)
hyblaheraiaさん、modicanaさん、私こそ素敵な出会いをありがとうございました。皆様のおかげで、Ragusaという町にまた少し近づけたような気がしています。(胸に矢がささりっぱなしですよ!)
そして、お二人に励ましていただいたこと、忘れません。
この先、漆とどうやって生きていけばよいのか・・・いつも抱えていた迷いが、ふっきれたように思えます。心から、感謝。
いつも、旅の最後の日は何ともいえない寂しさで一杯になるのですが、今回は「また帰ってこれるんだ」と思えて、寂しさ半分、幸せ半分な気持ちでした。
仕事場に「2009 Ragusaで個展」の張り紙をしました。
若狭塗のお箸も、修理にかかりました。お任せください。
Commented by nonnakaori at 2007-10-12 00:47 x
漆芸家とお知り合いなんですね。
私がこちらのブログに初めてお邪魔したのは、お好きな野鳥の記事でした。それがお箸になって、、、、ルカさんのは、竜田川。日本料理の竜田揚げの名前がこの竜田川の紅葉に由来していて、秋以外はこの呼び名を使わないと聞きました。古典の和歌がすらすら出てくるルカさんすごい!漆を扱っていらっしゃる藤岡圭子さん素敵な方ですね。私も主人の実家から古いものを沢山頂き、あまり縁の無かった骨董の世界に入りました。上手の器は、京橋の骨董屋さんで修復してもらったんですが、それほどでもないものは、新漆を使って、金継ぎを教わり自分で修復してます。漆塗りのお椀や文箱やお重、お膳等捨てるわけにはゆかず、、、、、
藤岡さんのホームページのぞいてみます。
来年は、お二人のコラボ楽しみですね。
Commented by hyblaheraia at 2007-10-12 00:54
>けえこさん、アモーレ(愛神)の矢は一度刺さると、どうにもならないんですよ!ここはバロックの町だけに、バロック・オペラのように激しくこの町を愛してくださいね。
私も今後の人生で、ラグーザと音楽学と日本人であることを、どのように繋げていけば良いのか分からないのですが、巨大な不安の石を角から少しずつ削っていけばいいかな、と思うようにしています。あせらず、落ち込まず、他人の業績を羨ましがらず。
「2009 Ragusaで個展」の張り紙、素早いですね!私も頑張らねば!
若狭塗のお箸、よろしくお願いします。あれは既に4年使っています。
Commented by hyblaheraia at 2007-10-12 01:13
>nonnakaoriさん、あの頃は鳥ばかり追いかけていて、「野鳥ブログになったの?」と家族に聞かれてしまいました。竜田川は、やはり竜田揚げと関係があったのですね。花より団子の私は、和歌より和食が先に出てきてしまいました。
骨董品は私も大好きです。帰国すると必ず、実家近くの骨董品屋さんに行っていろいろ買います。ラグーザの家には煙管(きせる)もあって、ルカと地元の友人がタバコを刺して使っているのが可笑しかったです。nonnakaoriさんはご自分で金継ぎもなさるんですか?!素晴らしいですね。手仕事の美しい作品の数々が、こうしていつまでも大事にされていくのはとても素敵なことですね。
Commented by ばんざい★セネガル at 2007-10-12 01:54 x
こんにちわ、

人気ブログで、拝見してきました。

わたしは、人気ブログの【アフリカ】で、
1番、2番あたりをうろうろしている「ばんざい★セネガル」の
管理人の須藤と申します。

http://banzaisenegal.blog32.fc2.com/

人の出会いあって不思議で、とても大切ですね。


ぜひ、相互リンクしていただけるとうれしいです。
そちらのブログは、リンクさせていただきました。

どうぞ、よろしくお願いします。
Commented by hyblaheraia at 2007-10-13 06:57
>ばんざい★セネガルさん、いろいろな偶然があったり、待たれた期間があったり、タイミングがあったりして、そうして人と人が出会って行くのでしょうね。
セネガル、場所が分からなくて地図帳で探しました。西海岸の出っ張り部分ですね。どんな生活なんでしょう。我々はモザンビークに友人がいます。リンクありがとうございます。
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